ディエゴ・ベラスケス:宮廷画家の枠を超え、絵画そのものを問い直したスペイン黄金世紀の巨匠

ディエゴ・ベラスケス:宮廷画家の枠を超え、絵画そのものを問い直したスペイン黄金世紀の巨匠

画家

スペイン国王フェリペ4世に仕えた宮廷画家でありながら、「ラス・メニーナス」で絵画という営みそのものを描き出したベラスケス。写実と光の魔術で、後のマネやピカソにまで影響を与え続けた巨匠の生涯。

ディエゴ・ベラスケス(1599-1660)は、スペイン黄金世紀を代表する画家です。国王フェリペ4世に仕えた宮廷画家でありながら、《ラス・メニーナス》で「絵を描くとは何か」という問いそのものを画面にした人物として知られます。

生涯:セビーリャの少年から国王の側近へ

1599年、スペイン南部セビーリャに生まれました。少年期に同地の画家フランシスコ・パチェーコの工房に入り、修業ののちパチェーコの娘フアナと結婚しています。初期はセビーリャの市井の人々を主題にした「ボデゴン」(厨房画・居酒屋画)を描き、卵を焼く老女や水売りといった庶民の姿を、強い明暗で捉えました。

1623年、24歳でマドリードに招かれてフェリペ4世の肖像を描き、そのまま国王付きの宮廷画家に取り立てられます。以後、生涯にわたり王家の人々を描き続けました。1629年から1631年、および1649年から1651年の二度にわたってイタリアに滞在し、ティツィアーノらヴェネツィア派の色彩と、ローマの古代彫刻を学んでいます。宮廷内では画家としてだけでなく官職も重ね、1652年には王宮の設営や国王の移動を差配する宮内配室長に任じられました。1660年、フランス王家との婚礼行事の準備に奔走した直後、マドリードで没しています。

画風の特徴

ベラスケスの絵は、近づくと絵具のかたまりや素早い刷毛の跡にしか見えないのに、離れると布地の質感や空気そのものが立ち上がります。輪郭を細かく描き込まず、色の面と筆触の関係だけで対象を成立させるこの手法は、200年後の印象派を先取りするものと評価されてきました。もう一つの特徴が「空気遠近法」の徹底で、遠景を青くかすませ、室内でも人物と背景のあいだに光を含んだ距離を感じさせます。銀灰色と黒、赤褐色を基調とした落ち着いた色調も持ち味です。主題の面では、王族と同じ真剣さで宮廷の道化や矮人(わいじん)を描き、その一人ひとりの内面を感じさせる点が際立っています。

代表作

  • ラス・メニーナス(女官たち)(1656年頃・プラド美術館、マドリード):王女マルガリータと侍女たちのいる部屋に、画家自身が大きなキャンバスの前に立つ。鏡に映る国王夫妻を含め、視線の構造が幾重にも折り重なります。
  • ブレダの開城(1634-35年頃・プラド美術館):オランダの都市ブレダ降伏の場面。勝者が敗将を抱き起こすように描かれ、林立する槍から「槍」の通称で親しまれます。
  • 教皇インノケンティウス10世の肖像(1650年・ドーリア・パンフィーリ美術館、ローマ):第二次イタリア滞在中の作。緋色の法衣と鋭い眼差しの生々しさで知られます。
  • 鏡のヴィーナス(1647-51年頃・ナショナル・ギャラリー、ロンドン):裸体画が厳しく制限されたスペインで描かれた稀な作例です。
  • セビーリャの水売り(1620年頃・アプスリー・ハウス、ロンドン):初期ボデゴンの代表作で、素焼きの水瓶ににじむ水滴の描写が有名です。

同時代の画家との関係

師のパチェーコは画家であると同時に理論家で、ベラスケスを宮廷へ推す後ろ盾となりました。1628年にスペインを訪れた外交官画家ルーベンスとの交流は、ベラスケスがイタリア行きを決意する契機になったと考えられています。同世代のスペインでは、スルバランやムリーリョが同じセビーリャ派から出ています。後世への影響は大きく、マネはベラスケスを深く敬愛し、ピカソは《ラス・メニーナス》を主題に50点を超える連作を制作、フランシス・ベーコンは《教皇インノケンティウス10世の肖像》を繰り返し翻案しました。

日本で見られるか

国内に主要作品は少なく、常設でベラスケスの真作を鑑賞できる美術館は事実上ありません。日本でまとまって見る機会は、プラド美術館の所蔵品を招く企画展に限られます。近年では2018年に国立西洋美術館(東京・上野)と兵庫県立美術館で開かれた「プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光」で7点が来日し、日本での過去最多出品となりました。こうした機会を待つのが現実的です。

見どころ

実物の前では、まず絵から離れて全体を見て、それから鼻先が触れそうなところまで近づいてください。離れて見えていた刺繍やレースが、近くではただの白い絵具の走り書きに変わります。この「距離によって像が生まれたり崩れたりする」体験こそがベラスケスの核心です。次に人物と背景のあいだの空気を探してください。何も描かれていないはずの薄暗い壁に、距離と湿り気が感じられます。そして視線です。《ラス・メニーナス》では、画中の何人もが鑑賞者のいる位置を見返しており、自分が絵の中の出来事に立ち会わされていることに気づくはずです。

代表作ギャラリー

ラス・メニーナス(女官たち)
ラス・メニーナス(女官たち)1656年プラド美術館
教皇インノケンティウス10世の肖像
教皇インノケンティウス10世の肖像1650年ドーリア・パンフィーリ美術館
ブレダの開城
ブレダの開城1635年プラド美術館

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)