『芸術起業論』:村上隆が明かす、世界のアート市場で戦うための「ルール」

『芸術起業論』:村上隆が明かす、世界のアート市場で戦うための「ルール」

芸術に金の話はタブー? 世界で戦う現代美術家・村上隆が、欧米アート市場のルールと戦略をあけすけに語った問題作。日本のアート観を根底から問い直します。

はじめに:芸術で「食う」ことを正面から語る

『芸術起業論』(村上隆 著)は、世界のアートシーンの頂点で戦い続ける現代美術家が、その戦略を明かしたビジネス書にして芸術論です。「芸術にお金の話を持ち込むな」という日本的な美学を真っ向から否定し、欧米アート市場を動かしている「文脈のゲーム」を解説する内容は、刊行時に大きな議論を呼びました。

書誌

2006年に幻冬舎から刊行され、2018年に幻冬舎文庫へ収められました。いま読むなら文庫版が手に入りやすく、価格も手ごろです。刊行から二十年近くが経ちましたが、内容が古びるどころか、むしろ日本のアート市場が本書の指摘した方向へ動いてきたことが確かめられる一冊になっています。

著者について

村上隆さんは、東京藝術大学の日本画専攻で博士号を取得した人物です。伝統的な訓練を正面から受けた側から日本の美術教育を批判している点が、本書の説得力につながっています。作家活動と並行して、若手作家を抱える有限会社カイカイキキ(2001年設立)を経営し、公募展GEISAIを立ち上げてきました。つまり本書は、評論家でも研究者でもなく、実際に作品を作り、売り、人を雇っている人の書いた本です。

この本の3つの見どころ(読みどころ)

1. 欧米アート界の「ルール」の解説

西洋美術史という長い議論の流れに、自分の作品をどう接続するか。ギャラリー、コレクター、美術館、オークションはそれぞれどう動き、誰が評価を決めているのか。普段は見えないアートワールドの構造が、外側から乗り込んでいった実践者の視点で具体的に語られます。作品そのものより「なぜそれが必要なのかという説明」が問われる、という指摘は痛烈です。

2.「スーパーフラット」戦略の種明かし

日本のオタク文化と、浮世絵以来の平面性を接続し、世界に通じる概念として提示した村上隆の代表戦略。刊行の2年後、2008年5月14日にニューヨークのサザビーズで立体作品《マイ・ロンサム・カウボーイ》(1998年、高さ254センチ)が1516万ドル、日本円でおよそ16億円で落札され、本書の主張が現実によって裏書きされる形になりました。コンセプトメイキングの実例として、美術に限らずクリエイター全般に応用が利きます。

3. 怒りにも似た日本美術界への提言

才能ある若者が食えずに消えていく構造への批判は辛辣ですが、その根底には日本のアートへの深い愛情があります。自ら公募展を立ち上げ、会社として若手作家を抱えてきた実践の裏づけもあり、賛否を含めて考える材料をくれる本です。

どんな読者に向くか

美術史の予備知識はいりません。専門用語はほとんど出てこず、語り口も講演を書き起こしたような話し言葉に近いものです。分量も新書一冊分ほどで、通読向きの本といえます。向いているのは、作品を作って世に出したいと考えている人、そしてアートの値段がどう決まるのかを知りたい人です。逆に、作品の見方や鑑賞のコツを学びたい方には向きません。これは「作る側・売る側」のための本で、鑑賞の手引きではないからです。また、断定の強い文章なので、反発を覚える箇所も出てくるはずです。そこも含めて議論の材料として読むのが正しい付き合い方でしょう。

類書と何が違うのか

アート市場を扱う本は増えましたが、その多くは記者や研究者が外から観察して書いたものです。本書が決定的に違うのは、書き手自身が市場のプレイヤーで、しかも成功した当事者だという点です。だから記述に遠慮がない代わりに、公平でもありません。市場の見取り図としては偏りがあると承知したうえで、当事者にしか書けない部分だけを取り出して読むのが、いちばん実りのある読み方だと思います。

関連して見に行けるもの

村上作品を常設で見られる公立美術館は限られますが、現代美術の大型企画展に出品される機会は多いので、展覧会情報をこまめに追うのがおすすめです。東京なら、カイカイキキが運営するギャラリーや、中野ブロードウェイに集まる同社のギャラリー・カフェが、作品や関連する作家に触れられる場所になっています。あわせて、気になる現代作家のオークション記録を調べてみてください。「なぜこの値段なのか」を本書の枠組みで考えると、市場という視点が身につきます。

まとめ

『芸術起業論』は、アートを聖域から引きずり出して考えるための刺激的な一冊です。作り手はもちろん、アートビジネスやブランド戦略に興味がある人の必読書。読み終えたら、同じ著者が作品の作り方や見方をより実技寄りに語った『芸術闘争論』へ進むと、村上隆という作家の全体像が見えてきます。

Kindle版:芸術起業論(幻冬舎文庫)