『名画で読み解くハプスブルク家12の物語』:王家の肖像画は、こんなにも雄弁だった
ベラスケスの王女マルガリータから悲劇の王妃マリー・アントワネットまで。名門ハプスブルク家650年の栄光と没落を、12の名画から読み解くベストセラーシリーズの原点です。
はじめに:絵画は王家の「顔」だった
『名画で読み解く ハプスブルク家12の物語』(中野京子 著)は、ヨーロッパに君臨した名門ハプスブルク家の歴史を、12点の肖像画・歴史画から読み解く歴史エッセイです。スイスの一豪族から出発し、婚姻政策によって約650年にわたりヨーロッパの中心に居座り続けた一族。その通史が、12枚の絵を道しるべに語られていきます。
書誌
2008年8月に光文社新書の一冊として刊行されました。本文216ページ、新書でありながら掲載される名画はすべてカラーで収録されており、手元で図版を確かめながら読み進められるのが嬉しいところです。『怖い絵』シリーズで知られる著者の「名画で読み解く」シリーズの第一作にあたります。
著者について
中野京子は北海道の生まれ。ドイツ文学と西洋文化史を専門とし、早稲田大学などで講師を務めてきた書き手です。美術史の研究者としてではなく、文学と歴史の側から絵に近づくのが持ち味で、2007年の『怖い絵』(朝日出版社)が広く読まれたことで一躍知られるようになりました。絵の様式や技法を論じるより、その絵が描かれた事情と、描かれた人物のその後を語る。本書もその流儀で貫かれています。
内容の骨格
12章はほぼ年代順に並びます。デューラーが描いたマクシミリアン1世に始まり、狂女王フアナ、ティツィアーノによるカール5世とフェリペ2世、エル・グレコ、ベラスケスの《ラス・メニーナス》、アルチンボルドが野菜と果物で組み上げたルドルフ2世の肖像。中盤ではメンツェルの描いたフリードリヒ大王のフルート演奏会を通じてプロイセンとの対決が語られ、ヴィジェ・ルブランのマリー・アントワネット、ローレンスが描いたその息子ライヒシュタット公、ヴィンターハルターの皇妃エリザベート、そして最後はマネの《マクシミリアンの処刑》で幕を閉じます。名門の始まりから終焉までが、12枚できれいに一本の線になる構成です。
この本の3つの見どころ(読みどころ)
1.ベラスケスと王女マルガリータ
《ラス・メニーナス》で知られる宮廷画家ベラスケスが描き続けた、あの愛らしい王女の運命。ウィーンに送られた一連の肖像は、遠く離れた婚約者に成長ぶりを伝えるためのものでもありました。近親婚を重ねたスペイン・ハプスブルク家の栄光と代償が、肖像画の連なりから静かに浮かび上がります。
2.マリー・アントワネットの「盛られた」肖像
公式肖像画は、今でいう広報写真です。女性画家ヴィジェ・ルブランが描いた優美な王妃像と、革命前夜のフランスが置かれた現実とのギャップから、絵画が持つプロパガンダの機能を学べます。ウィーンの皇女がフランス王妃となり断頭台へ向かうまでの道筋は、ハプスブルク家の婚姻政策の光と影そのものです。
3.歴史が分かると絵が見える、絵が分かると歴史が見える
婚姻政策、宗教対立、オスマン帝国との攻防、そして帝国の黄昏。複雑きわまりない欧州史が、絵という「顔の見える入口」からすっと頭に入ります。人名と年号の羅列で世界史に挫折した人にこそおすすめしたい語り口です。
どんな読者に向くか
世界史の予備知識はほとんど要りません。高校世界史でハプスブルク家という語を見た記憶がある、という程度で十分読めます。一章が一枚の絵で完結するので、通勤時間に一章ずつ読む使い方にも、気になる人物の章だけ拾い読みする使い方にも耐えます。絵の技法や様式を学びたい人には目的がずれます。本書が語るのは絵そのものより、絵の向こう側にいる人間だからです。
類書との違い
ハプスブルク家の通史は歴史書として何冊も出ていますが、本書は12枚という枚数を先に決め、そこに650年を割り付けています。網羅性は捨てて、一枚ごとの人物像を濃く描く。だから通史として読むと穴がありますが、記憶に残る度合いはまるで違います。
この本を読んだ後の、おすすめのアクション
美術館で「誰の注文か」を考える:西洋の肖像画の前に立ったら、モデルは誰で、誰が何のために描かせたのかを想像してみましょう。国立西洋美術館(東京・上野)のように西洋絵画の常設展が充実した館なら、その練習に最適です。
シリーズを読み継ぐ:「名画で読み解く」シリーズには、ブルボン王朝、ロマノフ家、イギリス王家、プロイセン王家の巻もあります。同じ時代を別の王家の側から眺め直すと、ヨーロッパ史が一枚の地図としてつながっていきます。
まとめ
本書は、名画を「歴史の証人」として楽しむ方法を教えてくれる一冊です。一枚の絵に潜む恐怖を掘り下げる『怖い絵』が縦穴を掘る本だとすれば、こちらは一族の650年を横につないでいく本です。
Kindle版:名画で読み解く ハプスブルク家 12の物語(光文社新書)
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