エドワード・バーン=ジョーンズ:眠れる騎士と黄金の階段、夢の中世を描いたラファエル前派の後継者
中世の伝説、眠る騎士、うつむく乙女たち。バーン=ジョーンズの絵は現実から遠く離れた「夢の王国」です。盟友ウィリアム・モリスと歩んだその美は、アール・ヌーヴォーの母となりました。
はじめに:夢見ることを職業にした画家
エドワード・バーン=ジョーンズ(1833-1898)は、イギリスの画家です。オックスフォードで生涯の盟友ウィリアム・モリスと出会い、ロセッティに師事して画家となりました。産業革命の醜さから背を向け、アーサー王伝説や神話の「あったかもしれない中世」を描き続けた、ラファエル前派第二世代の中心人物です。
生涯:聖職者志望の青年が、画家になるまで
バーン=ジョーンズは工業都市バーミンガムの額縁職人の家に生まれました。母は出産直後に亡くなり、寡黙な父と二人で育った少年期です。1853年、オックスフォード大学エクセター・コレッジに入学し、そこで同じく聖職者を志していたウィリアム・モリスと出会います。二人はラスキンの著作と、マロリーの『アーサー王の死』に夢中になり、やがて聖職ではなく芸術によって世界を美しくすることを決意しました。
1856年、ロンドンでダンテ・ゲイブリエル・ロセッティに弟子入り。翌年にはモリス、ロセッティらとオックスフォード・ユニオンの壁画制作に加わります。1861年にはモリス・マーシャル・フォークナー商会(のちのモリス商会)の創立に参加。1859年と1862年のイタリア旅行——後者はラスキンが同行しました——でボッティチェリ、マンテーニャ、ミケランジェロに触れ、その細身で憂いを帯びた人体表現が決定的になります。
長く無名でしたが、1877年に開館したグローヴナー・ギャラリーの第1回展に「マーリンの惑わし」などを出品して一躍時代の寵児となりました。1889年のパリ万国博覧会では「コフェチュア王と乞食娘」が絶賛され、レジオン・ドヌール勲章を受章。1894年には准男爵に叙されています。1898年、ロンドンで死去しました。
画風の特徴:物語よりも、律動と調和
バーン=ジョーンズの画面には、ほとんど「事件」が起きません。人物は目を伏せ、うつむき、眠り、静かに立っています。第一世代のラファエル前派——ミレイやハントが追求した鮮烈な色彩と細密な自然描写に対し、彼は色を落ち着かせ、青灰色や淡い金、くすんだ緑の階調で画面を統一しました。
人体は現実の比率より細長く引き伸ばされ、衣のひだは重力よりも装飾のリズムに従います。絵画を「窓」ではなく「壁の模様」として設計する感覚——これはステンドグラスやタペストリーの下絵を数百点手がけた工芸家としての訓練から来ています。物語を説明せず、形と色の配置だけで詩情をつくる姿勢は「芸術のための芸術」の実践であり、線の流れを最重視するその造形は、そのまま世紀末のアール・ヌーヴォーの母胎となりました。
代表作
- 黄金の階段(1880年/テート・ブリテン、ロンドン)——白い衣の乙女たちが楽器を手に螺旋階段を降りてくる大作。物語も寓意もなく、律動と調和だけがある画面は「音楽のような絵画」という理想の到達点です。
- コフェチュア王と乞食娘(1884年/テート・ブリテン、ロンドン)——王が乞食の娘の前に膝をつき、王冠を膝に置いて見上げる。精緻な鎧と青銅の質感、憂いを帯びた表情。1889年のパリ万博で絶賛された、ヴィクトリア朝絵画の到達点です。
- マーリンの惑わし(1872-77年/レディ・リーヴァー美術館、イギリス)——魔女ニムエに呪縛される魔法使いマーリン。グローヴナー・ギャラリーで彼の名を世に知らしめた一枚です。
- いばら姫(ブライア・ローズ)連作(1885-90年/バスコット・パーク、イギリス)——眠りの城に取り残された人々を4枚の大画面に描いた連作。眠りという主題の極致です。
- ケルムスコット・プレス版『チョーサー著作集』(1896年)——モリスの活字と装飾に、バーン=ジョーンズが87点の挿絵を寄せた書物。「世界で最も美しい本」と呼ばれます。
同時代の画家たちとの関係
師はダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ。理論的な導き手がジョン・ラスキン、生涯の盟友がウィリアム・モリスです。モリス商会ではステンドグラス、タペストリー、書籍装飾の下絵を大量に手がけ、絵画と工芸の垣根を越えました。一方でモリスの妻ジェーンをめぐるロセッティとの複雑な関係や、自身のモデルだったマリア・ザンバコとの恋愛の破綻など、私生活には嵐もありました。彼の描く線は、オーブリー・ビアズリーや大陸のアール・ヌーヴォーの作家たちに直接的な影響を与えています。
日本で見られるか
日本にバーン=ジョーンズの大作は多くありませんが、郡山市立美術館(福島県)がイギリス美術を収集の柱に据えており、バーン=ジョーンズやロセッティ、ウォーターハウス、アルバート・ムーアといったラファエル前派周辺の作品を所蔵しています。国内でラファエル前派を系統的に見られる数少ない美術館です。またモリス商会関連の工芸品や書籍は、国内の複数の美術館・図書館が所蔵しています。数年おきにイギリスの美術館から作品を借りたラファエル前派展が国内を巡回するので、その機会も見逃せません。
見どころ
実物の前では、まず目を数えてください。バーン=ジョーンズの人物は、ほとんどが目を伏せているか、眠っているか、こちらを見ていません。覚醒を拒むこの世界が、産業革命下のイギリスで何を意味したのかを考えると、絵の温度が変わります。次に人物の並びをタペストリーの文様として眺めること。人と人の間隔、衣のひだの繰り返しが、装飾の反復として設計されていることに気づきます。そして色の少なさ。使われている色数を数えてみると、驚くほど限られた範囲で全体が調律されていることがわかります。
代表作ギャラリー








作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)