アルブレヒト・デューラー:北方ルネサンスの知性、自画像を「神」のように描き、版画で世界を支配したドイツの巨匠

アルブレヒト・デューラー:北方ルネサンスの知性、自画像を「神」のように描き、版画で世界を支配したドイツの巨匠

画家

「メランコリア I」や緻密な自画像で知られるデューラー。イタリアの科学的な遠近法・人体比率をドイツに導入し、版画技術を芸術の域へ高めて近代美術の先駆者となった一生の物語。

アルブレヒト・デューラー(1471-1528)は、ドイツの画家・版画家です。北方ルネサンスの頂点に立つ存在として知られます。優れた油彩画家であると同時に、木版画と銅版画の歴史を一変させた「グラフィック・アートの天才」でもありました。それまで書物の挿絵にすぎなかった版画を、髪の毛一本まで描き分ける緻密な芸術へ引き上げ、自ら印刷して各地へ売り歩く仕組みまで作り上げます。またイタリアへ二度旅して遠近法と人体比率の理論を学び、それを北方ヨーロッパへ伝えました。

生涯

1471年、ニュルンベルクの金細工師の家に生まれました。父はハンガリー出身の職人で、デューラーは幼くして金属に線を刻む技術を身につけます。この経験が、のちの銅版画の精度を支えました。1486年から画家ミヒャエル・ヴォルゲムートの工房で修業し、その後は職人の慣習に従って各地を遍歴します。

1494年に結婚した直後、最初のイタリア旅行に出てヴェネツィアを訪れました。1498年には木版連作《黙示録》を自ら出版し、その名はアルプスの南北に広まります。1505年からの二度目のヴェネツィア滞在では、老巨匠ジョヴァンニ・ベッリーニに敬意をもって迎えられ、《ロザリオの祝祭》を制作しました。

1512年ごろから神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の庇護を受け、巨大な木版画の凱旋門など国家的な事業を手がけます。皇帝の死後、1520年から翌年にかけてネーデルラントを旅し、その道中の日記が残されています。晩年は理論の執筆に力を注ぎ、測定法や築城術、人体比率に関する書物を刊行しました。宗教改革にも強い関心を寄せ、ルターの思想に共鳴しています。1528年4月、ニュルンベルクで56歳の生涯を閉じました。

画風の特徴

デューラーの本領は線です。銅版画では、ビュランで刻んだ線の太さと間隔だけで、金属の光沢、毛皮の柔らかさ、石の粗さを描き分けます。木版画でも、それまで太い輪郭線に頼っていた表現を、細かな平行線と交差線による陰影表現へ変えました。油彩では北方特有の緻密な写実と、イタリアで学んだ人体の均衡・遠近法を融合させています。水彩や素描にも優れ、《野兎》《大きな草むら》のような、自然の一片を科学者のような目で観察した作品を残しました。

代表作

  • 1500年の自画像(アルテ・ピナコテーク、ミュンヘン):正面を向き、長い髪と手を配した自画像。正面像はキリスト像の形式であり、「芸術家は創造する者である」という自負がこめられた記念碑的作品です。
  • 黙示録(1498年、木版連作):ヨハネの黙示録に基づく15点の連作。《黙示録の四騎士》はその一図で、鋭い線の重なりだけで猛烈な躍動を生み出しています。
  • メレンコリアI(1514年、エングレーヴィング):翼を持ち、頬杖をついて考え込む人物。周囲に砂時計、天秤、魔方陣、多面体が散りばめられた、西洋美術で最も謎に満ちた版画です。
  • 騎士と死と悪魔(1513年)・書斎の聖ヒエロニムス(1514年):《メレンコリアI》と合わせて「三大銅版画」と呼ばれる代表作です。
  • 四人の使徒(1526年、アルテ・ピナコテーク):最晩年の油彩。ヨハネ、ペテロ、マルコ、パウロを描き、ニュルンベルク市に寄贈しました。
  • 野兎(1502年、ウィーン、アルベルティーナ美術館):一匹の野兎を克明に描いた水彩。毛の一本一本を追う観察眼が際立ちます。

同時代の画家との関係

師はミヒャエル・ヴォルゲムート。ヴェネツィアではジョヴァンニ・ベッリーニを深く尊敬し、ラファエロとは素描を交換したと伝えられます。ドイツ国内ではルーカス・クラーナハ(父)やハンス・バルドゥングらと同時代を生き、バルドゥングは工房で学びました。イタリアではマルカントニオ・ライモンディが彼の版画を無断複製し、デューラーがヴェネツィアで抗議したという記録も残っています。

日本で見られるか

油彩の主要作はミュンヘン、ウィーン、マドリードなどにあり国内には多くありませんが、版画なら国内でも本格的に鑑賞できます。国立西洋美術館は《メレンコリアI》《アダムとエヴァ》をはじめとするデューラー版画をまとまって所蔵し、企画展や版画素描展示室でたびたび公開しています。版画は同じ版から複数刷られるため、日本にいながら「本物」に接することができる分野です。

見どころ

版画の前では、まず線の密度の変化を見てください。影の濃い部分は線が詰まり、明るい部分では線がほどけていきます。すべてが手で刻まれた線であることに気づくと、見え方が変わります。次に細部を探しましょう。《メレンコリアI》なら、壁にかかる魔方陣の数字が縦横斜めどこを足しても34になり、下段に制作年の1514が読み取れます。《1500年の自画像》では、髪の一房ごとに光が計算されていることに注目してください。

代表作ギャラリー

自画像(毛皮の外套)
自画像(毛皮の外套)1500年アルテ・ピナコテーク
野兎
野兎1502年アルベルティーナ
メレンコリアI
メレンコリアI1514年
自画像 (デューラー)
自画像 (デューラー)1500年ニュルンベルク
東方三博士の礼拝
東方三博士の礼拝1504年ウフィツィ美術館
騎士と死と悪魔
騎士と死と悪魔1513年イスラエル博物館
Young Hare
Young Hare1502年アルベルティーナ
薔薇冠の祝祭
薔薇冠の祝祭1506年Sternberg Palace

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)