俵屋宗達:謎に包まれた琳派の創始者、金銀のレイアウトと風神雷神の装飾美

俵屋宗達:謎に包まれた琳派の創始者、金銀のレイアウトと風神雷神の装飾美

画家

尾形光琳が私淑し、琳派の原点となった江戸初期の天才絵師。本阿弥光悦との豪華なコラボレーションから、国宝「風神雷神図屏風」まで、大胆なトリミングとたらし込み技法で日本の装飾デザインの基礎を築いた一生の物語。

俵屋宗達(生没年不詳)は、江戸時代初期に京都で活動した絵師です。琳派の実質的な創始者とされ、慶長7年(1602)から寛永12年(1635)頃の活動が記録から確認されています。

生涯:扇屋の主人から法橋へ

生没年も出自も分かっていません。確かなのは、京都で扇絵や料紙の装飾を手がける絵屋「俵屋」を営んでいたことです。当時の扇は消耗品であり、宗達はいわば量産される商業デザインの現場にいた職人でした。

慶長7年(1602)、平家納経の修理に加わったことが記録に残る最も古い仕事です。書家であり多才な文化人でもあった本阿弥光悦と組み、光悦が和歌を書く料紙に金銀泥で下絵を描いた巻物や色紙を制作し、名を高めました。元和年間には京都の養源院に杉戸絵と襖絵を描いています。晩年には法橋(ほっきょう)という僧位に準じた称号を与えられました。これは絵師としては高い栄誉です。没年は寛永末年頃と推定されていますが、確かな記録はありません。

画風の特徴

第一の特徴は大胆な構図です。主題を画面の端に寄せ、中央を大きく空ける。あるいは対象を画面の外へはみ出させる。現代のポスターやレイアウトに通じる感覚があります。第二は「たらし込み」。乾かないうちに濃さの違う墨や絵具を落とし、にじみが自然に模様をつくる技法で、以後の琳派に受け継がれました。第三は金銀の扱いで、金箔の平面を空間そのものとして使い、金泥と銀泥を塗り分けて奥行きをつくります。

代表作

  • 風神雷神図屏風(建仁寺蔵/国宝、京都国立博物館寄託):二曲一双。金地の両端に風神と雷神を置き、中央を空白のまま残しています。
  • 鶴下絵三十六歌仙和歌巻(京都国立博物館/重要文化財):光悦の書と宗達の下絵による全長約13.5メートルの巻物。金銀泥の鶴の群れが飛び立ち舞い降りる展開を、巻き進めるにつれて見せます。
  • 源氏物語関屋澪標図屏風(静嘉堂文庫美術館/国宝):『源氏物語』の二場面を、単純化された緑の山と幾何学的な牛車で構成しました。
  • 蓮池水禽図(京都国立博物館/国宝):たらし込みを最もよく示す水墨の掛軸です。
  • 養源院 杉戸絵(京都・養源院/重要文化財):白象や唐獅子を杉戸いっぱいに描いた作品で、寺の建物の中で今も見られます。

同時代の画家との関係

最も重要な協働相手は本阿弥光悦です。二人の関係は師弟ではなく、書と下絵の対等な共作でした。宗達には直接の弟子筋として俵屋宗雪らがいます。約半世紀後の尾形光琳は宗達に直接学んだわけではなく、遺された作品を手本に自ら学ぶ「私淑」の形で受け継ぎ、《風神雷神図屏風》を模写しました。さらに酒井抱一が光琳を私淑し、この連鎖が琳派と呼ばれます。

日本で見られるか

作品はほぼすべて国内にあります。京都国立博物館(鶴下絵三十六歌仙和歌巻、蓮池水禽図、および建仁寺の風神雷神図屏風を寄託)、静嘉堂文庫美術館(源氏物語関屋澪標図屏風)、京都の養源院(杉戸絵)が主な所蔵先です。国宝・重要文化財のため公開期間は限られ、事前に確認が必要です。

見どころ

《風神雷神図屏風》では、中央の何も描かれていない金地を見てください。二神の距離と、その間に走る力が、空白によって表現されています。屏風は本来折って立てるものなので、正面だけでなく斜めから見ると、折れによって二神が前に迫り出す効果も分かります。たらし込みの作品では、輪郭ではなく色のにじみの縁が形を決めていることを確かめてみてください。

代表作ギャラリー

風神雷神図屏風
風神雷神図屏風17世紀前半建仁寺(京都国立博物館寄託)
蓮池水禽図
蓮池水禽図17世紀前半京都国立博物館
源氏物語関屋澪標図屏風
源氏物語関屋澪標図屏風1631年静嘉堂文庫美術館
牛図
牛図1700年頂妙寺
松島図屏風
松島図屏風1650年ボストン美術館
舞楽図屏風
舞楽図屏風醍醐寺
鹿下絵新古今集和歌巻
鹿下絵新古今集和歌巻1700年

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)