白貂を抱く貴婦人:レオナルドが肖像画に動きを持ち込んだ一点
- 作者
- レオナルド・ダ・ヴィンチ
- 制作年
- 1489-90年頃
- 所蔵
- チャルトリスキ美術館(クラクフ国立美術館)
- 所在地
- ポーランド・クラクフ
レオナルド・ダ・ヴィンチが1489〜90年頃にミラノで描いた肖像画。モデルはチェチリア・ガッレラーニとされます。ポーランドにある唯一のレオナルド作品で、クラクフのチャルトリスキ美術館で公開されています。
《白貂を抱く貴婦人》は、レオナルド・ダ・ヴィンチが1489〜90年頃にミラノで描いた肖像画で、ポーランド・クラクフのチャルトリスキ美術館が所蔵します。モデルはミラノ公ルドヴィコ・スフォルツァの愛人チェチリア・ガッレラーニとされ、ポーランドにある唯一のレオナルド作品です。現存するレオナルドの肖像画はごくわずかで、その中でも表現の完成度で際立つ一点として知られています。
白貂を抱く貴婦人とは
クルミ材の板に油彩で描かれ、大きさは縦54.8センチ、横40.3センチです。所蔵番号はMNK XII-209。若い女性が上半身をひねり、画面の外へ視線を向けた瞬間が捉えられています。腕に抱かれた白い動物は白貂(オコジョ)で、こちらも女性と同じ方向へ首を伸ばしています。背景は現在ほぼ黒く見えますが、調査により本来は青みがかった灰色だったと考えられており、黒は18世紀半ばに塗り重ねられたものとされています。この呼び名は後世につけられたもので、モデルの特定は同時代の書簡や詩などの資料にもとづいています。三分の四の角度から人物を捉える構図と、やわらかな陰影の扱いは、15世紀の肖像画の水準を大きく引き上げるものでした。所蔵館によれば、レオナルドの肖像画で現存するものは十点あまりにすぎず、本作はそのうちポーランドにある唯一の一点です。モデルのチェチリア・ガッレラーニは1473年頃の生まれで、描かれた当時はまだ十代半ばでした。美貌だけでなく教養と詩才でも知られた人物で、ミラノ宮廷の知的な空気を体現する存在だったと伝えられています。
どこで見られる?
- 所蔵先:クラクフ国立美術館 チャルトリスキ美術館(ul. Pijarska 15)
- 都市:ポーランド・クラクフ
- 展示室:2階(2nd floor)にある《白貂を抱く貴婦人》専用の展示室(Sala Damy z gronostajem)。古代美術の間、ルネサンス美術の間を抜けた先にあります
- 予約の要否:チケットは日時指定制のため、公式サイトでの事前購入が推奨されています。月曜は休館です
開館時間や入館料は所蔵館の公式サイトで確認してください。
見どころ3選
- ねじれた身体の動き:顔と胴と腕がそれぞれ違う方向を向いており、静止した肖像画に時間の流れが生まれています。今まさに何かに気づいて振り向いた、という瞬間が定着されています。
- 白貂の描写:毛の流れ、前脚の骨格、力の入った指の握りまで観察にもとづいて描かれ、動物が単なる小道具ではないことが分かります。人物の腕の緊張とも呼応しています。
- 光と陰の扱い:明暗のなめらかな移り変わり(キアロスクーロ)によって顔と手が立体的に浮かび上がり、暗い背景から人物が前へ出てくるように見えます。輪郭を線でくっきり区切らず、光の量の差だけで形を作る描き方です。
あわせて、髪を薄い布で覆い顎の下で留めた当時のミラノ風の装いや、首に巻かれた黒い数珠状の飾りにも目を向けると、この一枚が宮廷の流行を記録した資料でもあることが分かります。
描かれた背景
レオナルドは1480年代からミラノでルドヴィコ・スフォルツァに仕えており、この肖像もその宮廷での仕事のひとつです。白貂には複数の意味が重ねられていると考えられています。ルネサンス期に純潔や節度の象徴とされたこと、ルドヴィコが1488年に白貂(エルミン)騎士団に列せられ「白い貂」の異名を持っていたこと、さらにガッレラーニという姓が古代ギリシア語で白貂を指す語に通じることなどです。作品は1798年、アダム・イェジー・チャルトリスキ公がイタリアで購入し、分割下のポーランドへもたらしました。第二次世界大戦中はナチス・ドイツに接収され、総督ハンス・フランクの求めでクラクフのヴァヴェル城に置かれた後、戦後にフランクの邸宅で発見され1946年にポーランドへ返還されています。2016年にはチャルトリスキ家のコレクション全体がポーランド政府によって買い取られ、現在はクラクフ国立美術館の所蔵となりました。
まとめ
《白貂を抱く貴婦人》は、人物と動物の動きを一枚の板の上で連動させた、レオナルドらしい観察の結晶です。分割下のポーランドへ渡り、戦火をくぐり抜けて現在に伝わった経緯まで含めて、この一枚には数世紀分の物語が重なっています。クラクフのチャルトリスキ美術館では専用の展示室で静かに向き合うことができ、館内には同じコレクションのレンブラント作品なども並びます。日時指定のチケットを事前に押さえたうえで、時間に余裕を持って訪ねるのがおすすめです。