『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』:全盲の人と美術館へ行くという体験
全盲の美術鑑賞者・白鳥建二さんと各地の美術館をめぐったノンフィクション。言葉にして伝えるという行為を通じて、見えているつもりだったものがいかに曖昧かに気づかされる、読み物として抜群に面白い一冊です。
美術館に行くと、私たちは黙って作品を見ます。感想を口に出すのはせいぜい帰り道の会話くらいでしょう。『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(川内有緒 著)は、その前提をひっくり返すところから始まります。全盲の白鳥建二さんと一緒に美術館をめぐり、目の前の作品を声に出して説明しながら鑑賞する。ただそれだけのことが、これほど豊かな時間になるのかと驚かされる本です。
著者はノンフィクション作家の川内有緒さん。2021年に集英社インターナショナルから刊行され、本屋大賞のノンフィクション本大賞を受賞して広く読まれました。
この本の3つの読みどころ
1. 「説明する」ことで見え方が変わる
白鳥さんに作品を伝えようとすると、著者も同行者も途端に困ります。何が描かれているか言おうとして、自分がちゃんと見ていなかったことに気づく。人物の表情、背景の色、画面の奥行き。言葉にしようとした瞬間、細部が立ち上がってきます。読者もページの上で同じ体験をすることになり、これが本書の中核的な面白さです。
2. 鑑賞が対話になる瞬間
複数人で同じ作品を見て言葉を交わすと、解釈がずれます。ある人が悲しそうだと言い、別の人が笑っていると言う。そのずれこそが対話の始まりです。本書には、正解を探さずに感じたことを並べていく鑑賞のかたちが、実際の会話として記録されています。美術鑑賞は孤独な作業だと思っていた人には、新しい選択肢が見えるはずです。
3. 障害と福祉の物語に回収しない誠実さ
この種の本は、ともすれば感動的な物語に落とし込まれがちです。しかし著者は、白鳥さんを「目が見えないのにアートを楽しむ立派な人」として描くことを注意深く避けています。白鳥さんは単に美術館が好きで通っている人であり、その人となりが率直に書かれる。関係が深まるにつれて著者自身の迷いも書き込まれ、ノンフィクションとしての手触りが最後まで保たれています。
どんな読者に向くか
美術の予備知識はまったく要りません。むしろ美術史の本を読むのが苦手な方にこそ向いています。作品の解説書ではなく、人と人が美術館を歩く旅の記録として書かれているからです。文章は平易で、章ごとに訪ねた館が変わっていくので通読しやすく、一気に読んでしまう方が多い一冊です。現代アートに苦手意識がある方にも、入口としておすすめできます。
関連して見に行けるもの
本書には実在の美術館が次々に登場します。茨城県水戸市の水戸芸術館現代美術ギャラリー、新潟県十日町市などに広がる大地の芸術祭の作品群、そして奈良の興福寺の仏像。いずれも実際に訪ねられる場所です。また、全国の複数の美術館で視覚に障害のある方とともに鑑賞するプログラムや、対話による鑑賞会が開かれています。関心を持たれた方は、お近くの館の教育普及プログラムの案内を見てみると、本書の体験に近いものに参加できるかもしれません。
まとめ
『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』は、美術書の棚に置かれながら、実際には見ることそのものを問い直す本です。読み終えたあと、次に美術館へ行くとき、きっと誰かに話しかけたくなります。作品の前で言葉を交わすことがこんなに楽しいのだと教えてくれる、稀有な一冊です。
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