『仏像 心とかたち』:如来と菩薩の違いが、思想から腑に落ちる定番書
半世紀以上読み継がれてきた仏像入門の古典が、正編と続編を一冊にまとめた完全版として再刊。釈迦如来から地蔵菩薩まで十の像種を取り上げ、なぜそのかたちなのかを美術史と哲学の両面から解き明かします。
寺で仏像の前に立ったとき、これは何という仏なのか、なぜこの手つきなのか、と気になったことはないでしょうか。名前だけを覚えても、なかなか像同士の違いは腑に落ちません。『仏像 心とかたち』(望月信成・佐和隆研・梅原猛 著)は、その疑問に、かたちの背後にある思想から答えてくれる本です。
もとは半世紀以上前に刊行され、続編とあわせて長く読み継がれてきた定番書です。現在流通しているのは、正編と続編を一冊に再編集し、写真を差し替えて組み直した完全版で、2018年にNHKブックスの一冊としてNHK出版から刊行されました。美術史家、仏教美術の研究者、哲学者という三人の共著という構成が、そのまま本書の性格を表しています。
この本の3つの読みどころ
1. 像の種類ごとに一章を立てる構成
本書は時代順の通史ではなく、釈迦如来像、阿弥陀如来像、観音菩薩像、地蔵菩薩像といった十の像種ごとに章を立てています。この作りが実によく効きます。展覧会や寺で出会うのは、たいてい「奈良時代の彫刻」ではなく「観音さま」だからです。目の前の像がどの系統に属し、何を担わされてきたのかを、章単位で確認できます。
2. なぜそのかたちなのか、を思想から説く
如来は装飾を持たず、菩薩は冠や装身具をまとう。明王は憤怒の表情をとる。こうした違いは造形上の好みではなく、それぞれの仏が仏教の教えのなかで占める位置から来ています。本書は、その教理的な背景を専門用語に埋もれさせず、像の具体的な部分と結びつけて説明します。手の形、持ち物、台座、光背。ひとつひとつに理由があると分かると、拝観の時間が変わります。
3. 日本人が仏に何を託したかを追う
同じ観音像でも、時代によって求められた役割は異なります。国家の安泰を祈る像もあれば、庶民の身近な救済を担う像もある。本書はその移り変わりを、造形の変化とあわせて描きます。とりわけ地蔵菩薩のように民衆の信仰と深く結びついた像の章では、美術史の枠を越えて、人々の心のありようが浮かび上がってきます。哲学者が加わった共著ならではの厚みが出る部分です。
どんな読者に向くか
予備知識は要りません。仏教の教理についても、必要な範囲でその都度説明されます。ただし写真を眺めて楽しむ画集ではなく、文章で考えていく本です。図版はありますが主役は本文ですので、寺めぐりの携行書というより、出かける前後に腰を据えて読む本と考えるのがよいでしょう。像種ごとに独立した章なので、気になる仏の章だけ拾い読みすることもできますし、通読すれば日本の仏像彫刻全体の見取り図が手に入ります。文体は落ち着いており、古い本にありがちな読みにくさは完全版で解消されています。仏像に関心を持ちはじめた方の一冊目として、いまも十分に現役です。
関連して見に行けるもの
本書で扱われる像の実物を見るなら、まず奈良です。東大寺、興福寺、法隆寺、薬師寺はいずれも各時代を代表する仏像を伝えています。興福寺の国宝館は、阿修羅像をはじめとする像をまとめて拝観できる場所として知られています。京都では三十三間堂の千手観音像群、広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像などが挙げられます。博物館では、奈良国立博物館が仏教美術に特化した展示を常時行っており、東京国立博物館や京都国立博物館も彫刻の名品を所蔵しています。寺の薄暗い堂内と、照明の整った展示室とでは同じ像でも見え方が違いますので、両方を体験すると発見があります。
まとめ
『仏像 心とかたち』は、仏像を鑑賞の対象としてだけでなく、人が何かを託したかたちとして受け取り直させてくれる本です。名前を覚えるところから一歩進み、なぜそう作られたのかを考えられるようになる。日本美術に興味を持った方が、絵画の次に向かう先として最適な一冊です。
Kindle版:仏像[完全版] 心とかたち(NHKブックス)
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