『奇想の系譜』:若冲ブームの原点となった、日本美術史を塗り替えた伝説の名著
美術史家・辻惟雄が1970年に世に問うた『奇想の系譜』。岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳という「奇想の画家」たちを再評価し、今日の若冲ブームの源流となった一冊です。
はじめに:「傍流」とされた画家たちを、歴史の主役に引き上げた本
『奇想の系譜』(辻惟雄 著)は、1970年に美術出版社から刊行された日本美術史の名著です。副題は「又兵衛—国芳」。当時の美術史では傍流・異端と見なされていた岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳の6人を「奇想の画家」として取り上げ、その豊かな想像力こそ日本美術に流れる創造性だと論じました。この本がなければ今日の若冲人気はなかったとまで言われる一冊です。
書誌:版によって中身と厚みが違います
初版は1970年、美術出版社刊で本文149ページに図版30枚という薄い本でした。もとは雑誌に「奇想の系譜・江戸のアヴァンギャルド」として連載された6本の論考がもとになっています。その後、1988年にぺりかん社から、288ページ(筑摩書房公式)。さらに2019年には小学館から図版を刷新した版が刊行されています。手に入りやすさと携帯性ではちくま学芸文庫版、図版の見やすさでは2019年の小学館版が有利です。2012年には英訳版が、2018年にはロシア語版も出ており、日本の外にも読者を得ています。
著者について
辻惟雄は1932年生まれの美術史家です。東京大学名誉教授で、千葉市美術館やMIHO MUSEUM の館長を務めるなど、研究と展覧会の現場の双方を歩んできました。『日本美術の歴史』『カラー版 日本美術史』など、通史の書き手としても広く読まれています。本書の刊行時、著者はまだ30代でした。若い研究者が定説に正面から異を唱えた本だということが、いま読んでも文章に張りがある理由です。
この本ならではの点
1. 「エキセントリック」の再発見
若冲の超細密な動植物画、蕭白の常軌を逸した水墨画、国芳の奇抜な戯画。整った美しさではなく、見る者をぎょっとさせる表現の中にこそ日本美術の活力があるという視点は、刊行から半世紀を経ても新鮮です。
2. 美術史そのものを動かした影響力
本書で紹介された画家たちは、その後の展覧会で次々と「再発見」されていきました。2019年には本書を下敷きにした展覧会「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」が東京都美術館で開催され、大きな話題を呼んでいます。一冊の本が美術史の地図を書き換えた、稀有な実例です。
3. 学術書なのに読み物として面白い
専門的な内容でありながら、画家たちの逸話や作品描写は物語のように生き生きとしています。
どんな読者に向くか
日本美術の基礎知識はあったほうが読みやすいものの、必須ではありません。ただし画家ごとに章が独立しているため、好きな画家の章だけ拾い読みしてもよい本です。若冲や国芳の展覧会に行く前に、その画家の章だけ読んでいくという使い方が実用的です。逆に、江戸絵画の通史を最初に押さえたい人は、同じ著者の『日本美術の歴史』など通史の本から入るほうが迷いません。
関連して見に行けるもの
取り上げられた6人の作品は、国内で実物に会えます。岩佐又兵衛の国宝「洛中洛外図屏風(舟木本)」は東京国立博物館の所蔵。曾我蕭白は三重県立美術館がまとまったコレクションを持ちます。長沢芦雪は和歌山県串本町の無量寺・串本応挙芦雪館で襖絵を見られ、若冲は皇居三の丸尚蔵館や相国寺承天閣美術館、国芳をはじめとする浮世絵は東京・原宿の太田記念美術館が定期的に展示しています。いずれも展示替えがあるため、事前の確認をおすすめします。
まとめ
『奇想の系譜』は、教科書的な日本美術のイメージを痛快にひっくり返す一冊です。「日本美術はおとなしくて退屈」と思っている人にこそ読んでほしい名著です。
Kindle版:奇想の系譜 ――又兵衛-国芳(ちくま学芸文庫)
※当サイトはAmazonアソシエイト・プログラムの参加者であり、適格販売により収入を得ています。
