『リーチ先生』:民藝運動を支えた英国人陶芸家バーナード・リーチの生涯を描く感動作

『リーチ先生』:民藝運動を支えた英国人陶芸家バーナード・リーチの生涯を描く感動作

原田マハの長編小説『リーチ先生』は、日本と英国を往復しながら「東と西の美の融合」を追い求めた陶芸家バーナード・リーチの物語。柳宗悦や濱田庄司ら民藝運動の同志たちとの交流も描かれる、新田次郎文学賞受賞作です。

『リーチ先生』(原田マハ 著)は、明治末に来日した実在の英国人陶芸家バーナード・リーチを主人公にした長編小説です。彼に仕えた日本人青年・沖亀乃介は架空の人物で、物語はこの弟子の目を通して、リーチの芸術と人生、そして日本の仲間たちとの熱い交流を描いていきます。

書誌

集英社の月刊文芸誌『すばる』に連載され、2016年10月に集英社から単行本が刊行されました。翌2017年、第36回新田次郎文学賞を受賞しています。現在は集英社文庫にも収められており、手に取りやすい価格で読めます。

著者について

原田マハ氏は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)での勤務経験を持つ元キュレーターという異色の経歴の小説家です。美術の現場を知り尽くしているからこそ書ける臨場感あふれるアート小説で、日本に「アート小説」というジャンルを定着させました。本書のほかにも、アンリ・ルソーを題材にした『楽園のカンヴァス』、ピカソの《ゲルニカ》をめぐる『暗幕のゲルニカ』、ゴッホと日本人画商を描いた『たゆたえども沈まず』など、実在の画家や作品を主人公にした小説を数多く発表しています。

物語の骨格

幕開けは1954年、大分県日田の小鹿田(おんた)です。窯元を訪れたリーチと出会った高市という男が、亡くなった父・亀乃介がかつてリーチに師事していたことを知る。そこから時間は1909年へと巻き戻り、若き日のリーチと亀乃介の物語が始まります。現在と過去を往復する構成のため、陶芸の知識がなくても物語として自然に入っていけます。

この本の3つの見どころ(読みどころ)

1. 民藝運動の巨人たちが続々登場

リーチの周りには、思想家の柳宗悦、陶芸家の濱田庄司や富本憲吉ら、のちに民藝運動を担う面々が集います。「名もなき職人の仕事にこそ美が宿る」という民藝の思想が生まれていく現場を、小説として追体験できます。

2. 日本と英国、二つの故郷の物語

リーチは後に濱田庄司とともに英国コーンウォールのセント・アイヴスへ渡り、東洋式の登り窯を築いて工房を開きます。日本で学んだ技と心を英国の土に根づかせようとする姿は、国境を越えた文化交流の物語として深い感動を呼びます。

3. 「作ること」の喜びに満ちた描写

轆轤(ろくろ)を挽き、釉薬を掛け、窯の火を見守る。陶芸という営みの手触りが生き生きと描かれ、読んでいると土に触れたくなってきます。

どんな読者に向くか

予備知識はいりません。民藝も陶芸も知らないまま読み始めて構わない本です。むしろ、美術の解説書が苦手な人にこそ勧めたい入り口で、物語を追ううちに民藝運動の要点が自然と頭に残ります。一方で長編ですから、拾い読みには向きません。腰を据えて通読する時間を取れるときに開いてください。史実をもとにしていますが、主人公の弟子は創作です。そこは「事実の記録」ではなく小説として受け取るのが正しい読み方です。

関連して見に行けるもの

東京・駒場の日本民藝館は、柳宗悦が創設した民藝の総本山で、リーチや濱田庄司の作品を収蔵しています。小説の余韻とともに、実物の器の温かみを確かめてみてください。濱田庄司が拠点とした栃木・益子には濱田庄司記念益子参考館があり、作品の舞台となった大分の小鹿田焼を見るなら小鹿田焼陶芸館(大分県日田市)が入り口になります。

まとめ

『リーチ先生』は、芸術に国境はないことを教えてくれる、心温まる長編です。民藝運動への最良の入り口としてもおすすめの一冊です。原田作品の中でも、派手な事件やどんでん返しに頼らず、人と人が仕事を通じて信頼を積み上げていく過程そのものを描いた静かな一冊で、読後感の穏やかさは随一です。読み終えたら、同じ著者の『暗幕のゲルニカ』や『たゆたえども沈まず』へ進むのも、器を見に出かけるのも、どちらも良い続きになります。

Kindle版:リーチ先生(集英社文庫)