棟方志功:「わだばゴッホになる」、板と共に生きて世界のムナカタとなった板画の巨人

棟方志功:「わだばゴッホになる」、板と共に生きて世界のムナカタとなった板画の巨人

画家

青森の鍛冶屋に生まれ、「わだばゴッホになる」と上京した棟方志功。木版を「板画」と呼び、仏や女神を彫り続けてヴェネチア・ビエンナーレで国際版画大賞に輝いた、情熱の芸術家の生涯。

はじめに:世界が認めた「板画」の創造者

棟方志功(むなかた・しこう、1903-1975)は、昭和を代表する版画家です。自らの木版画を、板の生命を彫り起こす「板画(ばんが)」と呼び、仏や菩薩、女神たちを力強い黒と白で刻み続けました。1956年のヴェネチア・ビエンナーレで国際版画大賞を受賞し、「世界のムナカタ」としてその名を轟かせました。度の強い眼鏡が板につくほど顔を近づけ、一心不乱に彫る姿は、多くの人々に愛された芸術家像そのものです。

生涯:ゴッホへの憧れから、民藝との出会いへ

青森市の鍛冶屋の家に生まれた志功は、雑誌で見たゴッホのひまわりに衝撃を受け、「わだばゴッホになる(私はゴッホになる)」と叫んで画家を志したという逸話で知られます。上京後は油絵で帝展に挑戦し続けますが、やがて木版画に自らの道を見出します。転機となったのは、民藝運動の指導者・柳宗悦や陶芸家・河井寛次郎らとの出会いでした。彼らの支援のもと、志功は仏教や文学を主題とする大作を次々と発表。戦時中は富山県に疎開し、その地の風土と信仰も作品に深みを与えました。1970年には文化勲章を受章しています。

3つの代表作解説

  • 二菩薩釈迦十大弟子: 釈迦の十人の弟子と二菩薩を等身大に彫り上げた、志功の代表作。1955年サンパウロ・ビエンナーレ、翌年のヴェネチア・ビエンナーレでの受賞を支えた記念碑的大作です。
  • 大和し美し: 詩人・佐藤一英の詩に感動して制作された長大な板画巻。この作品が柳宗悦らの目に留まったことが、民藝運動との運命的な出会いにつながりました。
  • 釈迦十大弟子のための倭画・書: 志功は板画だけでなく、「倭画(やまとが)」と呼ぶ肉筆画や書、本の装丁でも多彩な才能を発揮しました。あふれ出る創作意欲はジャンルの垣根を軽々と越えています。