アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック:モンマルトルの夜を描き続けた、貴族出身のポスター革命児
幼少期の骨折で成長が止まった体を抱えながら、パリ・モンマルトルのキャバレーやダンスホールに入り浸り、その退廃的な夜の世界を鋭い観察眼で描き続けたトゥールーズ=ロートレック。ポスター芸術を確立した生涯。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864-1901)は、19世紀末パリのモンマルトルの夜を描き続けたフランスの画家です。キャバレー「ムーラン・ルージュ」の踊り子や娼婦たちを、美化することなく、時に滑稽に、時に痛々しいほど生々しく描写しました。浮世絵に学んだ大胆な構図と平らな色面によるリトグラフのポスターは、それまで単なる広告物でしかなかったポスターを芸術の一分野へ押し上げています。
生涯:貴族の家柄と、二度の骨折
1864年、フランス南部の町アルビの由緒ある伯爵家に生まれました。両親はいとこ同士で、ロートレックは骨が脆く伸びにくい先天的な疾患を抱えていました。十代のはじめに相次いで両脚の大腿骨を骨折したことで脚の成長が止まり、成人後も胴体に対して極端に短い脚のまま生涯を過ごします。狩猟や乗馬といった貴族の生活が閉ざされた彼は、絵に没頭しました。
パリに出てレオン・ボナ、次いでフェルナン・コルモンのアトリエで学びます。コルモンのアトリエではフィンセント・ファン・ゴッホやエミール・ベルナールと知り合いました。やがてモンマルトルに移り住み、キャバレーやダンスホール、娼館に入り浸って、そこで働く人々と親しく交わりながら日常をありのままに描きます。1891年に手がけた最初のポスター《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》が街に貼り出されると、その名は一夜にして知れ渡りました。1890年代半ばには娼館に長期滞在して連作を制作しています。過度の飲酒で健康を損ない、1899年には療養所に収容。1901年、南仏の母の居城で36歳の生涯を閉じました。
画風の特徴
ロートレックの絵は、線が主役です。輪郭を一気に引き切り、そのしなりだけで人物の動きと性格を決めてしまう。背景は塗り残しや薄い絵具のままにし、板や厚紙の地の色をそのまま生かすことも多くありました。色は限定的で、赤と黒と黄が印象を支配します。ガス灯の緑がかった照明が人の顔に落とす不健康な色を、そのまま描いたのも彼の特徴です。何より、対象を見下ろさない視線があります。踊り子も娼婦も同じ場所に暮らす人として描かれており、そこに憐れみや道徳的な非難は見当たりません。
代表作
- ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ(1891年、リトグラフ・ポスター):踊り子ラ・グーリュの動きと、黒いシルエットの観客を大胆に配した、ポスター芸術の記念碑です。
- ムーラン・ルージュにて(1892-95年、シカゴ美術館):店内の常連客たちの疲れた表情と、緑がかった照明の色が夜の裏側を映します。
- ジャヌ・アヴリル(1893年、リトグラフ・ポスター):贔屓にした踊り子を描いた一連のポスター。細い脚のシルエットだけで彼女とわかる造形です。
- ムーラン街のサロン(1894年、トゥールーズ=ロートレック美術館、アルビ):娼館の待合室で客を待つ女性たちを、劇的な演出なしに描いた大作です。
- エル(彼女たち)(1896年、リトグラフ連作10点):娼館で働く女性たちの起床や身支度など、私的な時間だけを集めた画期的な連作です。
同時代の画家との関係
ロートレックが最も敬愛したのはエドガー・ドガでした。屋内の人工照明と大胆なトリミング、踊り子という主題は、いずれもドガから受け継いだものです。コルモンのアトリエで出会ったゴッホとは友人となり、パステルによる横顔の肖像を残しています。ポスター制作ではジュール・シェレの先例に学びつつ、線の単純化でそれを超えました。ナビ派のボナールやヴュイヤールとも同時代を共有し、日本美術への関心を分かち合っています。
日本で見られるか
版画家でもあるロートレックは、日本でもまとまった作品に出会えます。東京・丸の内の三菱一号館美術館は、ポスターやリトグラフの版画集をまとめて所蔵する国内屈指のロートレック・コレクションを持ち、定期的に特集展示を行っています。油彩の代表作の多くは故郷アルビのトゥールーズ=ロートレック美術館などにありますが、版画については国内で十分に楽しめる画家です。
見どころ
ポスターの前では、まず色の数を数えてみてください。三色か四色しか使っていないのに、これだけの情報量が成立していることに驚くはずです。次に、人物の輪郭線をゆっくり目でなぞってください。一本の線がどこで太くなり、どこで消えるか。そこにロートレックの判断が現れています。油彩では、背景の塗り残しを探してみましょう。板や厚紙の地肌がそのまま見えている部分があり、彼が「描かない」ことを積極的に選んでいたことがわかります。
代表作ギャラリー








作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)

