『日本の建築』:木と時間から見た、日本建築のもうひとつの近代

『日本の建築』:木と時間から見た、日本建築のもうひとつの近代

国立競技場などを手がけた建築家が、8年をかけて書いた日本建築論。西欧の様式やモダニズムと出会った日本の建築家たちが何に葛藤し、どこへ向かったのかを、作り手の視点から読み解いていく新書です。

建築の本というと図面や写真が主役になりがちですが、『日本の建築』(隈研吾 著)は違います。ここで語られるのは、日本の建築家たちが何を考え、何に迷い、どう選択してきたかという思考の歴史です。2023年に岩波新書として刊行されました。著者によれば執筆に八年を要したといいます。

著者の隈研吾さんは、国立競技場をはじめ国内外で多くの建築を手がけてきた建築家です。実作を持つ人が書く歴史書という点が、本書のいちばんの特色といえます。過去の建築家の判断を、同じ職業の当事者として引き受けながら書いているからです。

この本の3つの読みどころ

1. 西欧との出会いを「葛藤」として描く

明治以降、日本の建築家は西欧の様式建築、そしてモダニズムと向き合うことになりました。本書はその過程を、輸入と模倣の物語としてではなく、絶えざる葛藤として描きます。日本建築の伝統をどう位置づけるか。捨てるのか、翻訳するのか、対抗軸として立てるのか。世代ごとに異なる答えが出されてきたことが、順を追って見えてきます。

2. 素材から考えるという一貫した視点

著者は一貫して、木や土といった素材に関心を寄せてきた建築家です。本書でも、日本建築を空間の形式としてだけでなく、何でできているかという物質の側から捉え直します。木造という選択が何を可能にし、何を制約したのか。この視点があるおかげで、議論が抽象論に流れず、手で触れる話として続いていきます。

3. 建築家の系譜を人物で追える

本書には近代以降の日本の建築家が次々と登場します。それぞれが誰に学び、誰に反発し、どんな作品でその立場を示したのか。人物のつながりで語られるので、建築史に不慣れな読者でも物語として追いかけられます。有名建築の名前が単なる固有名詞ではなく、ある主張の表明として理解できるようになります。

どんな読者に向くか

建築の専門知識は不要ですが、建築の写真をいくつか思い浮かべられると理解が早まります。読みながら気になった建物を検索して画像を確認する読み方をおすすめします。二百七十ページほどの新書で、通読向きです。日本美術に関心がある方が、絵画や工芸の隣にある領域として建築に踏み込む最初の一冊として適しています。設計を学ぶ方には、歴史を作り手の視点で読む練習にもなります。

関連して見に行けるもの

近代建築を実際に体験できる場所は各地にあります。東京では、東京国立博物館の本館や、上野の国立西洋美術館本館が代表的です。後者はル・コルビュジエの設計で、世界遺産に登録されています。日本の近代建築を移築保存して歩いて回れる施設としては、愛知県犬山市の博物館明治村と、東京都小金井市の江戸東京たてもの園があります。図面や写真では分からない天井高や光の入り方を実感できるので、本書を読んだあとに訪ねると理解が立体的になります。

まとめ

『日本の建築』は、街を歩くときの目を変えてくれる本です。建物が誰かの判断の集積だと分かると、通勤路の風景さえ読み解く対象になります。美術館の展示室そのものも建築であることを思い出させてくれる、実作者ならではの一冊です。

Kindle版:日本の建築(岩波新書)