平山郁夫:被爆体験を胸に、仏教伝来とシルクロードを描き続けた祈りの画家

平山郁夫:被爆体験を胸に、仏教伝来とシルクロードを描き続けた祈りの画家

画家

広島で被爆し、自らの死を意識した末に「仏教伝来」で画壇の注目を集めた平山郁夫。玄奘三蔵の求法の旅をテーマに、平和への祈りを込めてシルクロードを描き続けた戦後日本画壇の重鎮。

はじめに:被爆体験から生まれた「祈り」の画業

平山郁夫(1930-2009)は、戦後の日本画壇を代表する画家です。仏教伝来やシルクロードをテーマにした作品群で知られ、その根底には広島での被爆体験に由来する「平和への祈り」というテーマが一貫して流れています。文化財の保護・復元事業への尽力や、ユネスコ親善大使としての活動でも広く知られる人物です。

生涯:死を見つめた先に見出した画業のテーマ

1930年、広島県豊田郡瀬戸田町(現・尾道市)の瀬戸内海に浮かぶ生口島に生まれました。旧制中学在学中の1945年8月6日、勤労動員先の広島市内で被爆。15歳の少年は、市街を歩いて島へ帰る途上で目にした光景を、生涯忘れることはありませんでした。

1952年に東京美術学校(現・東京藝術大学)日本画科を卒業し、前田青邨に師事して日本美術院で活動を始めます。しかし1959年、原爆後遺症とみられる白血球減少に見舞われ、死を意識しました。「最後の一枚になるかもしれない」という覚悟で描いたのが、インドから経典を求めて旅した玄奘三蔵を題材とする「仏教伝来」です。この作品が院展で注目を集め、画業の決定的な転機となりました。

以後「仏教伝来」「シルクロード」を生涯のテーマとし、1966年のトルコ行を皮切りに中央アジア・中東を精力的に取材します。取材旅行は約40年で150回を超えました。法隆寺金堂壁画の再現模写、薬師寺玄奘三蔵院「大唐西域壁画」の完成といった大事業に加え、アンコール遺跡、敦煌莫高窟、バーミヤン遺跡などの保護に「文化財赤十字」を掲げて奔走します。東京藝術大学学長を2期務め、1998年に文化勲章を受章。2009年、79歳で没しました。

画風の特徴:群青と、逆光のシルエット

平山の絵は、遠くからでもそれとわかります。

  • 群青(ぐんじょう)と瑠璃色:天然岩絵具の深い青を惜しみなく使い、砂漠の夜や月光を描きました。「平山ブルー」と呼ばれます。
  • 逆光の隊商:ラクダと旅人を、細部を消したシルエットとして配置します。個人の顔ではなく「旅する人類」を描くための省略です。
  • 金・銀と砂の質感:金泥や砂子を用い、砂漠の乾いた光を画面に定着させました。
  • 膨大なスケッチ:現地で描いた素描を土台に、日本のアトリエで岩絵具を何層も塗り重ねて完成させます。

代表作

  • 仏教伝来(1959年、佐久市立近代美術館):玄奘三蔵の求法の旅を描いた記念碑的な一作。「仏伝」「シルクロード」連作の出発点です。
  • 入涅槃幻想(1961年、東京国立近代美術館):義父の死に際して涅槃を幻想的に描き、日本美術院賞(大観賞)を受賞。画家としての評価を決定づけました。
  • 大唐西域壁画(1998-2000年、薬師寺玄奘三蔵院伽藍、奈良):玄奘のインドへの旅の軌跡を描いた大壁画群。約30年のシルクロード取材の集大成です。
  • 天山南路(夜)(佐久市立近代美術館):月下の隊商を群青で描いた、平山の夜景の代表例です。
  • 広島生変図(1979年、広島県立美術館):炎に包まれる広島城を描き、被爆体験に正面から向き合った異色作です。

同時代の画家との関係

師は前田青邨。青邨は小林古径とともに近代日本画の線描を継承した画家で、平山はその厳格な写生の教えを受けました。院展では加山又造、高山辰雄、東山魁夷らと戦後日本画を牽引します。とりわけ東山魁夷とは、藍を基調とする風景画という点で並び称されることが多く、静謐な東山に対し、平山は「旅と信仰」という物語性で対をなしました。東京藝大では平山自身が多くの後進を育てています。

日本で見られるか

日本画家ですから、国内の鑑賞機会は非常に豊富です。

  • 平山郁夫美術館(広島県尾道市瀬戸田町):生地に建つ個人美術館。少年時代のスケッチから大作まで。
  • 平山郁夫シルクロード美術館(山梨県北杜市):本人と妻の美知子が収集した約1万点のシルクロード美術と、絵画・スケッチを収蔵。
  • 佐久市立近代美術館(長野):「仏教伝来」「天山南路(夜)」など初期の大作3点を含む約20点。
  • 東京国立近代美術館:「入涅槃幻想」を所蔵。
  • 佐川美術館(滋賀県守山市):多数の作品を収蔵し、常設展示しています。
  • 薬師寺玄奘三蔵院伽藍(奈良):「大唐西域壁画」は期間を限って公開されます。

見どころ

実物の前では、まず近づいて青の層を見てください。群青は粒子が粗く、光の当たり方で表情が変わります。平山はこの粒を何度も塗り重ねているので、間近では砂のようにざらついて見えるはずです。次に一歩下がると、その粒が夜気に変わります。もうひとつは人物の描き込みの少なさ。ラクダの列も旅人も、輪郭だけで顔がありません。誰でもない旅人だからこそ、見る人が自分を重ねられる——それが平山の祈りの絵の仕掛けです。