クロード・モネ:光を追い求めた「印象派」の父。睡蓮に魅せられた男

クロード・モネ:光を追い求めた「印象派」の父。睡蓮に魅せられた男

画家

「印象派」という言葉の生みの親。アトリエを飛び出し、水面に反射する光や、刻々と変わる空の色を生涯描き続けた、色彩の魔術師の物語。

クロード・モネ(1840-1926)は、印象派を代表するフランスの画家です。当時のパリでは、神話や歴史を主題にし、アトリエの中で暗い色調に仕上げた絵画だけが「正しい芸術」とされていました。モネは戸外に画架を立て、いま目の前にある光そのものを描くことを選び、その一点を86年の生涯にわたって手放しませんでした。

生涯:ル・アーヴルの海から、ジヴェルニーの池へ

パリに生まれ、少年期を港町ル・アーヴルで過ごしました。10代で似顔絵を売って評判をとっていた頃、風景画家ウジェーヌ・ブーダンに「戸外で描く」ことを教えられます。これが出発点になりました。1862年からパリのシャルル・グレールのアトリエで学び、ここでルノワール、シスレー、バジールと出会います。

1874年、官展から締め出された若い画家たちは自分たちで展覧会を開きました。そこに出品されたモネの《印象、日の出》を見た批評家ルイ・ルロワが、揶揄をこめて彼らを「印象主義者たち」と呼びます。画家たちはこの言葉をあえて自ら名乗りました。

1883年、パリ北西の村ジヴェルニーに移り住みます。1890年代からは、同じ対象を時刻や季節を変えて描く「連作」に本格的に取り組みました。1893年には敷地に池を掘り、日本風の太鼓橋を架けて睡蓮を植えます。晩年は白内障に苦しみ、1923年に手術を受けながらも制作を続けました。第一次大戦の休戦を記念して国家に寄贈された大装飾画《睡蓮》は、彼の没後1927年にオランジュリー美術館で公開されています。1926年、ジヴェルニーの自宅で86歳で亡くなりました。

画風の特徴

モネたちの発見は、絵具はパレットの上で混ぜるほど濁って暗くなる、というものでした。そこで彼らは、明るい色を混ぜずに短い筆触でキャンバスに並べていきます。離れて見ると色が目の中で混ざり合い、画面全体が光を放つ——これが「筆触分割」です。輪郭線は描かれず、影にも黒ではなく青や紫が使われます。またモネは、同じ場所を何度も描く連作という方法を確立しました。積みわら、ポプラ、ルーアン大聖堂、ロンドンの国会議事堂——対象は口実にすぎず、彼が本当に描いていたのは、その表面に当たる光の一瞬の状態でした。

代表作

  • 印象、日の出(1872年、パリ・マルモッタン・モネ美術館):ル・アーヴル港の朝霧に浮かぶ太陽。「印象派」という名の由来となった一枚です。
  • ラ・ジャポネーズ(1876年、ボストン美術館):妻カミーユに赤い打掛を着せて描いた大作。モネの日本趣味を示す代表例です。
  • ルーアン大聖堂連作(1892-94年、オルセー美術館ほか):同じ聖堂の正面を、朝・昼・夕と光を変えて30点以上描いた連作です。
  • 睡蓮の大装飾画(1914-26年、パリ・オランジュリー美術館):楕円形の2部屋の壁面を睡蓮の池がぐるりと取り巻く、モネ最晩年の到達点です。
  • 積みわら連作(1890-91年、シカゴ美術館ほか):干し草の山という何でもない対象を、季節と時刻を変えて描き分けた連作の始まりです。

同時代の作家との関係

最初の師はウジェーヌ・ブーダンで、戸外制作という生涯の方法を授けました。グレールのアトリエで出会ったルノワールとは、同じ場所に並んで制作するほど親密でした。エドゥアール・マネとは、初期には名前を混同されて互いに気まずい思いをしましたが、やがて深い信頼で結ばれ、モネが困窮した際にはマネが援助しています。セザンヌ、ドガ、ピサロら印象派の仲間とも展覧会をともにしました。「晩年には、日本から渡欧した実業家・松方幸次郎らを含む多くの来訪者を迎え」ジヴェルニーの家の壁には、今も広重や歌麿の版画が掛けられています。

日本で見られるか

日本はモネ作品が非常に充実した国です。東京・上野の国立西洋美術館は、実業家・松方幸次郎がモネ本人から直接購入した作品を含むコレクションを持ちます。箱根のポーラ美術館は国内屈指の点数を所蔵。倉敷の大原美術館には、モネ自身がジヴェルニーで日本人画家・児島虎次郎に譲った《睡蓮》があります。香川県直島の地中美術館では、自然光だけの専用展示室で《睡蓮》の大作を鑑賞できます。ほかにアーティゾン美術館、ひろしま美術館などにも作品があります。

見どころ

まず離れて見て、それから近づいてください。至近距離では絵具のかたまりにしか見えないものが、数歩下がると光る水面に変わります。この往復こそがモネの絵の楽しみ方です。次に、影の色を確かめてください。黒がほとんど使われていないことに気づくはずです。そして連作が複数並んでいる機会があれば、必ず見比べを。同じ構図なのに空気の温度が違って感じられるはずで、その差こそモネが生涯追いかけたものです。

代表作ギャラリー

印象・日の出
印象・日の出1872年マルモッタン・モネ美術館
睡蓮
睡蓮1906年シカゴ美術館
ラ・ジャポネーズ
ラ・ジャポネーズ1876年ボストン美術館
サン=タドレスのテラス
サン=タドレスのテラス1867年メトロポリタン美術館
散歩、日傘をさす女性
散歩、日傘をさす女性1886年ナショナル・ギャラリー・オブ・アート
庭の女たち
庭の女たち1866年オルセー美術館
かささぎ (モネ)
かささぎ (モネ)1868年オルセー美術館
庭の女
庭の女1867年エルミタージュ美術館

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)