エドガー・ドガ:バレリーナの一瞬を切り取った、印象派の中の孤高のデッサン主義者

エドガー・ドガ:バレリーナの一瞬を切り取った、印象派の中の孤高のデッサン主義者

画家

踊り子や競馬、浴女といった「動き」のある主題を、屋外の光ではなく緻密なデッサンで捉え続けたエドガー・ドガ。印象派展に参加しながらも独自の道を貫いた、観察眼の巨匠の生涯。

エドガー・ドガ(1834-1917)は、印象派展の中心にいながら、モネやルノワールとは一線を画したフランスの画家です。屋外で移ろう自然光を追うのではなく、劇場の人工照明の下でバレリーナが見せる一瞬のポーズや、競馬場を疾走する馬の脚の動きを、的確なデッサン力で切り取ることに情熱を注ぎました。写真のスナップショットのような大胆なトリミングには、日本の浮世絵からの影響が色濃く表れています。

生涯:銀行家の家に生まれた観察者

1834年、パリの裕福な銀行家の家に生まれました。本名はイレール=ジェルマン=エドガール・ド・ガ。法律を学びかけたのち画家を志し、アングルの弟子ルイ・ラモートに学びます。1856年からイタリアに滞在し、ルネサンス絵画を徹底的に模写したことで、生涯離れることのなかった線の重視が身につきました。

1862年、ルーヴル美術館でエドゥアール・マネと出会い、同時代の都市生活を描く道へ転じます。1874年の第1回印象派展から参加し、全8回のうち7回に出品しましたが、「印象派」と呼ばれることを嫌い、自らを写実主義者と称しました。

1872年から翌年にかけて、母方の親族を訪ねてアメリカのニューオーリンズに滞在しています。1874年に父が没すると家業の負債を背負うことになり、それまで売る必要のなかった絵を売らざるを得なくなりました。バレエ学校の稽古場に足繁く通い、踊り子たちの姿を厖大なスケッチに残します。生涯独身を貫き、晩年は視力の低下に苦しみながらパステルと彫刻へ表現を広げ、1917年、83歳で没しました。

画風の特徴

ドガを他の印象派と分けるのは、まず「屋内」であることです。光は太陽ではなく、ガス灯やフットライト。下から人物を照らす舞台照明が、顔に不自然な影を落とします。次に構図です。人物を画面の端で平気で切り、床や柱で視界を大きく遮る。この不安定な切り取りは、浮世絵と写真の両方から学んだものでした。晩年のパステルでは、線と色面を何層にも重ね、油彩とは違うざらついた光を作り出しています。踊り子を美化せず、疲れた背中や靴紐を結ぶ姿を選ぶ観察の冷たさも、ドガならではです。

代表作

  • ベレッリ家の肖像(1858-67年、オルセー美術館):イタリアの親族一家を描いた初期の大作。家族の心理的な距離が構図に刻まれています。
  • マネとマネ夫人像(1868-69年頃、北九州市立美術館):ピアノを弾く夫人とそれを聴くマネ。この絵はマネが右側を切り落としてしまい、ドガが激怒して引き取ったという経緯を持ちます。
  • アブサン(1875-76年、オルセー美術館):カフェで虚ろな表情を浮かべる女性。斜めに切り取られた構図が、都会の孤独を際立たせます。
  • エトワール(舞台の踊り子)(1876-77年頃、オルセー美術館):パステルの代表作。背景の暗がりに黒服の男性が描き込まれ、踊り子を取り巻く現実を暗示するとも解釈されます。
  • 14歳の小さな踊り子(1881年):本物の布のチュチュとリボンをまとわせた彫刻。原型は蝋で、1881年の第6回印象派展で公開されました。各地の美術館にあるブロンズは、ドガの死後に鋳造されたものです。

同時代の画家との関係

マネはドガにとって最も重要な同志であり、都市の風俗を描く方向を共有しました。印象派展の運営ではモネらと方針をめぐって対立し、ドガは戸外制作を重んじる仲間を公然と批判しています。若い世代ではメアリー・カサットを高く評価し、版画技法を教え合う関係を築きました。一方、ドレフュス事件では反ユダヤ的な立場をとり、カミーユ・ピサロら旧知の画家と決裂しています。晩年は人づき合いを絶ち、孤独のうちに制作を続けました。

日本で見られるか

ドガの代表作の多くはオルセー美術館をはじめ欧米にありますが、日本でも本物に出会えます。北九州市立美術館は《マネとマネ夫人像》を所蔵しており、これは国内で見られるドガとして最も重要な一点です。ほかにひろしま美術館など、印象派を集めた館がパステルや油彩、死後鋳造のブロンズを収蔵しています。まとまった数を見るには企画展を待つことになります。

見どころ

ドガの前では、まず画面の四隅を見てください。人物や楽器がどこで切られているかを確かめると、彼が写真的な視野をどれほど意識していたかがわかります。次に、光がどの方向から来ているかを追ってください。舞台作品では下から、稽古場では窓から、というように、光源が場面の性格を決めています。パステル作品では近づいて、色の粉が何層に重ねられているかを見るのがおすすめです。彫刻の場合は、正面ではなく背後や真横に回ってみてください。少女の反り返った姿勢の緊張は、横から見たときに最もよく伝わります。

代表作ギャラリー

エトワール(舞台の踊り子)
エトワール(舞台の踊り子)1878年頃オルセー美術館
ダンス教室
ダンス教室1874年頃オルセー美術館
アブサント
アブサント1876年オルセー美術館
アブサントを飲む人
アブサントを飲む人1875年オルセー美術館
The Bellelli Family
The Bellelli Family1858年オルセー美術館
The Ballet Class
The Ballet Class1871年オルセー美術館
室内
室内1868年フィラデルフィア美術館
シルク・フェルナンドのマドモアゼル・ララ
シルク・フェルナンドのマドモアゼル・ララ1879年ナショナル・ギャラリー

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)