大巻伸嗣:布と光で「存在」を問うインスタレーション
薄い布が風を受けて波のようにうねる《Liminal Air》、暗闇に光る巨大な壺《Gravity and Grace》。大巻伸嗣は空間そのものを作品に変え、体で感じさせる作家です。高松港と東京・紀尾井町では屋外作品を無料で見られます。
大巻伸嗣(1971-)は、空間そのものを作品に変えるインスタレーションの作家です。薄い布を風で舞い上がらせる《Liminal Air》、床一面に花模様を描く《Echoes》、光と影の巨大な壺《Gravity and Grace》など、見る人の体の感覚を揺さぶる大規模な作品で知られています。
経歴
1971年、岐阜県に生まれました。東京藝術大学美術学部彫刻科を1995年に卒業し、1997年に同大学院美術研究科彫刻専攻を修了しています。
2003年に第6回岡本太郎記念現代芸術大賞特別賞を受けて注目を集め、2005年ごろから《Echoes》シリーズ、2006年ごろから《Liminal Air》シリーズを発表し、2008年の横浜トリエンナーレでは無数のシャボン玉で風景を変える《Memorial Rebirth》を披露しています。
2015年に第8回円空賞、2017年に第27回タカシマヤ美術賞を受賞。2016年からは母校の東京藝術大学で美術学部教授を務めています。2023年には国立新美術館で大規模な個展「大巻伸嗣 Interface of Being 真空のゆらぎ」を開き、この展示などにより令和5年度(第74回)芸術選奨文部科学大臣新人賞を受けました。
作風と手法
大巻の作品に共通するテーマは「存在するとはどういうことか」という問いです。作品を眺めるのではなく、その中に入り、風や光や足元の変化を体で受け止める。そうして自分の体がここにあることを実感させる仕掛けが、どの作品にもあります。
手法は作品ごとに大きく違います。《Liminal Air》では薄いポリエステルの布と送風機を使い、目に見えない空気の流れを布のうねりとして見せます。《Echoes》では岩絵具などの顔料で床に花模様を描き、来場者が踏むことで模様が少しずつ崩れていくことまでを作品にします。《Gravity and Grace》では、透かし彫りの壺の内側から光を点滅させ、部屋全体を光と影で満たします。素材は違っても、揺らぐものの中に「存在」を探す姿勢は一貫しています。
主な作品
- 《Echoes》シリーズ(2005年-):床一面に色鮮やかな花模様を描く作品。人が歩くことで模様が変わっていきます。
- 《Liminal Air》シリーズ(2006年-):布やロープで空間の境界を揺るがすシリーズ。2023年の国立新美術館では、作家にとって過去最大規模の《Liminal Air Space-Time 真空のゆらぎ》が発表されました。
- 《Memorial Rebirth》(2008年-):横浜トリエンナーレ2008で発表された、大量のシャボン玉で街の風景を一変させる作品。
- 《Gravity and Grace》(2016年-):光と影の巨大な壺。2023年の国立新美術館では、原子力災害とエネルギーに依存する社会への批評を込めた最新版が展示されました。
国際的な評価
2008年の横浜トリエンナーレ、2009年のアジア・パシフィック・トリエンナーレ(オーストラリア)、2016年のあいちトリエンナーレなど、国内外の国際展に参加してきました。2020年に台北の関渡美術館、2023年に中国・成都のA4美術館で個展を開き、2025年にはサウジアラビアの「Noor Riyadh」にも参加しました。作品は韓国の京畿道美術館などにも収蔵されています。
日本で見られる場所
大巻の作品を常設で、しかも無料で見られるのが、香川県の高松港に立つ《Liminal Air -core-》です。瀬戸内国際芸術祭2010のために作られた高さ8メートルの2本の柱で、カラフルな装飾の一部が鏡面になり、港の風景や空を映し込みます。JR高松駅から徒歩数分の屋外作品で、芸術祭の会期に関係なく通年見られます。
東京では、東京ガーデンテラス紀尾井町に《Echoes Infinity ~Immortal Flowers~》が設置されています。ステンレスとアルミニウム製の色鮮やかな花と蝶の立体で、紀尾井タワー入口と弁慶濠沿いにあり、誰でも自由に見られます。
美術館では、風で舞う布や床に描く花模様といった代表作は、性質上、個展や企画展の機会に限られます。2012年の箱根 彫刻の森美術館、2023年の弘前れんが倉庫美術館と国立新美術館のように、大規模な個展は数年に一度めぐってきます。
見どころ
大巻の作品は、写真で見るのと実際にその場に立つのとでは、まったく別のものです。《Liminal Air》の布は、風を受けて持ち上がり、崩れ、また持ち上がる。眺めているうちに時間の感覚がゆるみ、自分の呼吸が意識に上ってきます。高松港の柱でも、鏡面に映る自分と海と空が一枚の絵になる瞬間を探してみてください。作品を「見る」のではなく、その中に「いる」こと。それがこの作家を味わう近道です。