豊穣:ルーベンスが自ら描いたタピスリー用の油彩下絵

画像:出典:国立美術館所蔵作品総合目録検索システム(国立西洋美術館所蔵)

豊穣:ルーベンスが自ら描いたタピスリー用の油彩下絵

名画
作者
ペーテル・パウル・ルーベンス
制作年
1630年頃
所蔵
国立西洋美術館
所在地
東京都台東区

ルーベンスが1630年頃、タピスリーの下絵として板に描いた寓意画。豊穣の角から果実がこぼれ、二人のプットーが拾い集めます。18世紀からイギリスにあった作品で、1978年に文化庁から国立西洋美術館へ管理換えされ、常設展で公開されています。

ペーテル・パウル・ルーベンスの《豊穣》は、1630年頃に板に描かれた小さな油彩画です。タピスリーのための下絵と考えられており、大工房を率いた画家が自ら筆をとった作品として知られます。国立西洋美術館には同じルーベンスの《眠る二人の子供》もありますが、そちらが30代半ばの作品とされるのに対し、《豊穣》はおよそ20年後、画家が50代に入ってからの一枚です。

《豊穣》とは

ルーベンス(1577−1640)は、17世紀のフランドルを代表するバロックの画家です。大きな工房を構えて数多くの助手とともに大作を手がけましたが、油彩下絵は構図を決めるために画家自身が小さな画面に描くもので、同館はこの《豊穣》を「ルーベンス自身の手になる油彩下絵の佳品」と評しています。

技法は油彩・板、寸法は63.7×45.8センチメートル、所蔵番号はP.1978-0004です。画面中央に座る若い女性が「豊穣」を擬人化した姿で、膝には果実があふれる「豊穣の角(コルヌコピア)」が置かれています。角からこぼれ落ちる果実は、人間に対する自然の恵みを象徴し、それを拾い集めているのは二人のプットー(幼い天使)です。

同館の解説によれば、本作は同じルーベンスの手による《正義》(個人蔵)と対をなし、タピスリーの下絵として構想されたと考えられています。《眠る二人の子供》が35〜36歳頃の作品とされるのに対し、《豊穣》はおそらく50代初めの制作です。同じ画家の習作でも、20年近い時間の差があることになります。

どこで見られる?

  • 所蔵先:国立西洋美術館(所蔵番号 P.1978-0004)
  • 所在地:東京都台東区上野公園7-7
  • 展示状況・観覧料:2026年8月時点で、同館の所蔵作品検索は本作を常設展で「展示中」と表示しています。常設展(コレクション展)の観覧料は一般500円、大学生250円、高校生以下と65歳以上は無料です。

展示状況や観覧料は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • 下絵ならではの速さ:完成作に向けた油彩下絵のため、筆の運びが大きく、絵具の層も薄く残されています。ルーベンス自身の手の動きがそのまま見える点が、この小品の最大の価値です。
  • 足下に置かれた財布:女性の足下には財布が描かれています。同館の解説は、自然の豊かさに対する世俗的・物質的な富の象徴ではないかと述べています。
  • 同館のもう一点との比較:同じ館にある《眠る二人の子供》と見比べると、若い頃の生々しい人物習作と、50代の寓意画の下絵という、二つの「習作」の違いがよくわかります。

この絵が日本にある理由

本作の来歴はヨーロッパの貴族や収集家の間を長くたどります。18世紀にはパリのボーヴェ公爵旧蔵品の売立を経てイギリスのジェームズ・ハリスの手に渡り、そのコレクションに「一方は豊穣、他方は正義」の二点として記録されました。以後、ハリス家のもとで18世紀からイギリスにとどまります。

20世紀後半になると、ニューヨークのE・V・ソー、ブリュッセルのアルテミス社、ロンドンのデイヴィッド・キャリットといった画商の手を経て市場に出ます。そして1978年、日本の文化庁が取得し、同じ年のうちに文化庁から国立西洋美術館へ管理換えというかたちで移されました。松方コレクション由来でも個人からの寄贈でもなく、国が買い、国立館へ移した作品という点が本作の特徴です。2025年には同館の企画展「西洋絵画、どこから見るか?」にも出品されました。

まとめ

《豊穣》は、ルーベンスがタピスリーのために自ら描いた油彩下絵で、63.7×45.8センチメートルという、大作に比べれば小ぶりな板絵です。コルヌコピアとプットー、そして足下の財布という寓意を読み解きながら、画家の筆の速度そのものを味わえます。大画面のバロック絵画とは違う、下絵という形式ならではの近さがある一枚です。常設展で見られるので、同じ館の《眠る二人の子供》とあわせて、ルーベンスの二つの時期を確かめてみてください。