ピアノを弾く妻イーダのいる室内:音のない絵に音を響かせるハンマースホイ

ピアノを弾く妻イーダのいる室内:音のない絵に音を響かせるハンマースホイ

名画
作者
ヴィルヘルム・ハンマースホイ
制作年
1910年
所蔵
国立西洋美術館
所在地
東京都台東区

デンマークの画家ハンマースホイが1910年に描いた室内画です。妻イーダの後ろ姿と、こちらに向かって開いた扉が、音のない画面に静かな余韻を生みます。2008年に国立西洋美術館が購入し、いまは上野の常設展で公開されている一点です。

灰色がかった室内に、ピアノに向かう女性の後ろ姿。国立西洋美術館が所蔵するヴィルヘルム・ハンマースホイの《ピアノを弾く妻イーダのいる室内》は、静けさそのものを主題にしたような一枚です。デンマーク絵画の油彩を日本の常設展で見られる、数少ない機会でもあります。

ピアノを弾く妻イーダのいる室内とは

ヴィルヘルム・ハンマースホイ(1864-1916年)が1910年に描いた油彩・カンヴァスの作品です。大きさは76×61.5センチ、国立西洋美術館の所蔵番号はP.2008-0003です。

ハンマースホイは19世紀末から20世紀初頭のデンマークを代表する画家で、生前はヨーロッパで高い評価を受けました。しかし没後は急速に忘れられ、再び注目が集まったのは20世紀後半以降のことです。生活感を注意深く取り除いた自宅の室内と、そこにたたずむ妻イーダの後ろ姿を繰り返し描いたことで知られています。17世紀オランダ絵画、とりわけフェルメールへの関心も指摘されてきました。

本作では、手前の部屋と奥の部屋をつなぐ扉が、こちらに向かって開いています。国立西洋美術館の解説は、この扉の開き方が、イーダの奏でるピアノの音が奥から流れてくるような効果を生んでいると説明しています。絵画は音を写せませんが、この一枚は音の存在を強く感じさせます。

画面には家具がごくわずかしか置かれておらず、暮らしの痕跡はほとんど残されていません。物を減らし、光と壁と扉だけの空間へ近づけていくのがハンマースホイのやり方でした。同じ室内を角度を変えながら繰り返し描いた画家であり、本作もその長い連なりのなかにある一枚です。

どこで見られる?

  • 所蔵先 国立西洋美術館(独立行政法人国立美術館)
  • 所在地 東京都台東区上野公園7-7。JR上野駅公園口から歩いてすぐの上野公園内にあります。
  • 展示状況 同館の所蔵作品検索では「展示中」と表示されており、常設展で公開されています。
  • 観覧料 常設展は一般500円、大学生250円、高校生以下は無料です。開館時間は9時30分から17時30分まで、金曜・土曜は20時まで。休館日は月曜日(祝日の場合は開館)と年末年始です。

展示状況や観覧料は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • 顔を見せない人物 イーダは終始こちらに背を向けています。表情が読めないぶん、鑑賞者は人物の感情ではなく、部屋の空気そのものに目を向けることになります。
  • 手前に開いた扉 奥の部屋へ視線を導く扉は、単なる構図の装置ではありません。音が流れ出てくる通り道として、静止した画面に時間の感覚を持ちこんでいます。
  • 抑えつくされた色数 灰色、白、黒に近い茶が中心で、鮮やかな色はほとんど使われていません。この禁欲的な色づかいが、静けさを画面の主役へと押し上げています。

この絵が日本にある理由

この作品は、エディンバラのアレクサンダー・メイトランドが所有したのち、ナイジェル・ヘンダーソン提督夫妻の手に渡り、さらにスウェーデンの個人収蔵家のもとにありました。そして2008年、国立西洋美術館が購入して日本に入っています。

同じ2008年、国立西洋美術館では「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展が開かれました。日本ではほとんど知られていなかった画家を本格的に紹介した展覧会で、約18万人が訪れています。展覧会と収蔵が重なった年に日本へやってきた作品だと考えると、常設展で出会う意味も少し変わってきます。

国立西洋美術館の所蔵品はフランスとイタリアの作品が中心ですが、こうした購入によって北欧の絵画も加わりました。1点の油彩が、日本におけるデンマーク絵画の受容そのものを物語っています。

まとめ

《ピアノを弾く妻イーダのいる室内》は、描かれていないものを想像させる絵です。顔のない人物、開いた扉、削ぎ落とされた色。派手さはありませんが、しばらく立ち止まるほど余韻が深くなります。上野の常設展で、静かな部屋の空気をそのまま受け取ってみてください。