自画像:マネが残した2点だけの自画像、その1点が東京にある
- 作者
- エドゥアール・マネ
- 制作年
- 1878〜79年
- 所蔵
- アーティゾン美術館
- 所在地
- 東京都中央区
近代絵画の扉を開いたマネは、生涯に2点しか自画像を残しませんでした。そのうちの1点が東京・京橋のアーティゾン美術館にあります。帽子をかぶり両手をポケットに入れて立つ全身像の見どころと、日本へ渡るまでの道のりを紹介します。
近代絵画の扉を開いた画家エドゥアール・マネは、生涯にわずか2点しか自画像を残しませんでした。そのうちの1点が、東京・京橋のアーティゾン美術館にあります。堂々と立つ全身像は、晩年のマネがみずからをどう見ていたかを静かに伝えてくれます。
《自画像》とは
エドゥアール・マネ(1832〜1883年)が1878〜79年に描いた油彩・カンヴァスで、寸法は95.4×63.4センチです。画家は帽子をかぶり、両手をポケットに入れ、片足をわずかに前へ出して、暗い背景の中に立っています。視線はまっすぐこちらへ向けられています。
マネが残した自画像は本作と《パレットを持つ自画像》の2点だけで、いずれもほぼ同じ時期の制作です。パレットを手にしたもう1点が「描いている自分」を示すのに対し、本作の画家は道具を持たず、ひとりの人物としてこちらを見返しています。マネの妻シュザンヌは、2点とも「習作」と呼んでいたと伝えられます。仕上げきらないまま手元に残された絵だったのかもしれません。
制作された1878〜79年は、晩年の代表作《フォリー・ベルジェールのバー》(1882年)へ向かう数年前にあたります。印象派展には最後まで参加せず、公式のサロンにこだわり続けた画家が、五十歳を前に自分の姿をどう見せようとしたのか。その答えがこの一枚に凝縮されています。
どこで見られる?
- 所蔵先:アーティゾン美術館(公益財団法人石橋財団)
- 所在地:東京都中央区京橋のミュージアムタワー京橋。東京駅八重洲中央口から徒歩約5分です
- 展示状況・観覧料:同館は日時指定予約制で、来館前にウェブでチケットを購入します。入館時間は30分単位の枠に分かれ、各枠に定員があります。企画展と同じチケットで5階・4階の「石橋財団コレクション選」も見られ、本作もそこで公開されることがありますが、展示替えがあるため常時公開ではありません。観覧料は会期ごとに異なり、ウェブ予約と窓口販売で金額が変わります。高校生・専門学校生・大学生・大学院生は無料(ウェブ予約が必要)、中学生以下は予約なしで無料です。障がい者手帳をお持ちの方と付添者1名も無料です
展示状況や観覧料は所蔵館の公式サイトで確認してください。
見どころ3選
- 顔と衣服の描き分け:顔は細やかに描き込まれ、こちらを射抜くようなまなざしが捉えられている一方、上着には荒い筆致が使われています。ひとつの画面の中で仕上げの密度が大きく変えられており、視線が自然と顔へ導かれます
- あえて塗り残されたカンヴァス:均一な仕上げを求めたアカデミーの流儀に反し、マネは筆跡を見せ、カンヴァスの地をあえて塗り残しました。この姿勢が印象派の画家たちやファン・ゴッホに影響を与えたと言われます
- 全身像という選択:胸から上を切り取る肖像が主流だった時代に、マネは自分を全身で立たせました。ポケットに手を入れた何気ない姿勢が、かえって画家としての自負を伝えます
この絵が日本にある理由
本作はマネの死後、ドイツ・リューベックの眼科医で美術収集家でもあったマックス・リンデの所蔵となりました。リンデの患者だったノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクは、この絵から着想を得て全身の肖像画を手がけたと言われています。もう1点の《パレットを持つ自画像》は個人の手に渡り、2010年にロンドンで競売にかけられました。
一方、本作はやがて日本へ渡り、公益財団法人石橋財団のコレクションに収められます。ブリヂストンの創業者・石橋正二郎が半世紀にわたって集めた作品群を母体とするこのコレクションは、印象派をはじめとする西洋近代絵画と日本近代洋画を二本の柱としてきました。西洋近代絵画の出発点を示す作品として、マネの自画像は重要な位置を占めています。2020年からは、ブリヂストン美術館の後身であるアーティゾン美術館で公開されています。
まとめ
《自画像》は、マネという画家が自分自身をどう提示したかを知る、数少ない手がかりです。世界に2点しかないマネの自画像のうち1点が東京にあるという事実だけでも、足を運ぶ理由になります。日時指定予約を取ったうえで、公式サイトで展示の有無を確かめてから訪ねてみてください。

