『花鳥の夢』:天下一の絵師・狩野永徳の栄光と苦悩を描く歴史小説
信長の安土城、秀吉の大坂城。天下人の城を飾った桃山画壇の帝王・狩野永徳の、栄光と重圧の生涯を描く長編歴史小説。ライバル長谷川等伯との対決も読みどころです。
はじめに:「天下一」を義務づけられた男
『花鳥の夢』(山本兼一 著)は、桃山時代の狩野派の頭領・狩野永徳(1543〜1590)を主人公にした長編歴史小説です。狩野派四代目として生まれ、幼くして「天下一の絵師」であることを宿命づけられた永徳。織田信長の安土城、豊臣秀吉の大坂城・聚楽第という史上空前の大装飾事業を率いた男の、栄光と重圧を描きます。
書誌
2013年4月に文藝春秋から刊行され、のちに文春文庫へ収められました。いまは文庫でも手に入ります。
著者について
山本兼一さんは京都市の生まれです。『火天の城』で松本清張賞、『利休にたずねよ』で直木賞を受けた歴史小説の名手で、本作は2014年に57歳で急逝する前年に世に出た、晩年の代表作のひとつにあたります。城を建てる人、茶を点てる人、そして絵を描く人——ものを作る職業人の内側を書き続けた作家であり、本作もその系列に並びます。狩野永徳は、創作意欲と、棟梁として求められる「保守」とのあいだで身悶えしていたのではないか。版元の紹介文によれば、それが著者の立てた見立てでした。
この本の3つの見どころ(読みどころ)
1.《唐獅子図屏風》《洛中洛外図》の制作秘話
教科書でおなじみの作品が、どんな状況で、誰のために、どんな想いで描かれたのか。物語を通して桃山美術の代表作が一気に立体化します。とくに《洛中洛外図屏風(上杉本)》は、信長から上杉謙信へ贈られたと伝わる国宝で、現在は米沢市上杉博物館の所蔵。京の町とそこに暮らす膨大な数の人々を描き込んだあの画面が、どんな注文のもとで生まれたのかを知ると、細部を覗き込む楽しさが増します。一方、安土城や聚楽第の障壁画は一点も現存しない——その事実が読後にずしりと残ります。
2. 天才の苦悩
大工房の経営者として膨大な注文をこなしながら、絵師としての理想を追い求める永徳の葛藤は、現代のクリエイターにも通じる普遍性があります。速く大きく描くことを求められる仕事と、細密に描き込みたい本心とのずれ。そこへ晩年、長谷川等伯という脅威が現れ、苦悩に拍車がかかります。永徳は東福寺法堂の天井画の制作なかばで世を去っており、物語は最後まで張り詰めた緊張を保ったまま幕を閉じます。
3. 職人集団・狩野派の内側
下絵、彩色、金箔。分業で進む障壁画制作の現場描写は圧巻で、日本美術の「工房制」を体感的に理解できます。弟や弟子をどう配置し、誰にどこを描かせるか——絵の物語でありながら、巨大組織のマネジメント小説としても読めるのが本作の面白いところです。
どんな読者に向くか
美術史の予備知識はいりません。作品名も人物も、必要なぶんは本文中で説明されます。信長・秀吉の時代を扱う小説を一冊でも読んだことがあれば、いっそう入りやすいはずです。一冊完結の長編で、頭から通読する本です。組織を率いながらものを作る立場にいる方には、とりわけ刺さる小説だと思います。逆に、永徳の作品を一点ずつ解説してほしい方には向きません。図版はないので、画集や展覧会図録を手元に置いて読むのがおすすめです。
類書と何が違うのか
桃山画壇を描いた小説の多くは、外から入ってきた挑戦者の側に立ちます。判官贔屓のほうが物語になりやすいからです。本作はその逆で、守る側・持っている側の内面を書いたところが際立っています。生まれながらに頂点にいることの不自由さ。これは持たざる者の物語からは決して見えてこない景色で、同じ時代を等伯の側から描いた小説と読み比べたときに、その違いが最もよく分かります。
関連して見に行けるもの
永徳の現存作は多くありませんが、日本で見られます。国宝《檜図屏風》は東京国立博物館の所蔵。《唐獅子図屏風》(右隻が永徳筆)は皇居三の丸尚蔵館にあります。国宝《洛中洛外図屏風(上杉本)》は米沢市上杉博物館の所蔵で、山形まで足を延ばす価値のある一点です。いずれも作品保護のため展示期間が限られますので、公開情報を確認してから出かけてください。
まとめ
『花鳥の夢』は、豪華絢爛な桃山美術の裏にあった人間ドラマを教えてくれる歴史小説です。同じ時代を等伯の側から描いた安部龍太郎『等伯』とセットで読むと、桃山画壇の頂上決戦を両陣営から観戦できます。読後、金碧障壁画の金色がいっそう眩しく、そして少し切なく見えてきます。
Kindle版:花鳥の夢(文春文庫)
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