『広重ぶるう』:ベロ藍に賭けた男、歌川広重の遅咲きの人生を描く新田次郎文学賞受賞作

『広重ぶるう』:ベロ藍に賭けた男、歌川広重の遅咲きの人生を描く新田次郎文学賞受賞作

火消同心の家に生まれ、鳴かず飛ばずの日々を経て「東海道五十三次」で大化けした歌川広重。舶来の青「ベロ藍」に賭けたその人生を描く、新田次郎文学賞受賞の歴史小説です。

はじめに:あの「ヒロシゲブルー」はどこから来たのか

『広重ぶるう』(梶よう子 著)は、「東海道五十三次」で知られる浮世絵師・歌川広重の半生を描いた歴史小説です。定火消同心という下級武士の家に生まれ、絵師としては長く鳴かず飛ばず。そんな広重が舶来の顔料「ベロ藍」と出会い、あの青で江戸の空と海を染め上げるまでが物語られます。

書誌情報:どんな本か

単行本は2022年6月に新潮社から刊行されました。2024年1月には新潮文庫に収められています。刊行の翌年、2023年4月に第42回新田次郎文学賞を受賞しました。新田次郎文学賞は歴史・時代小説やノンフィクションに贈られる賞で、本作の評価はこの受賞に集約されています。文庫版が出ているので、いま手に取るなら文庫でも構いません。

著者について

著者の梶よう子さんは、江戸を舞台にした時代小説を書き続けてきた作家です。2008年に『一朝の夢』で第15回松本清張賞を受賞してデビューし、2016年には浮世絵の版元と絵師を描いた『ヨイ豊』が直木賞候補となり、同作で歴史時代作家クラブ賞作品賞を受賞しました。つまり浮世絵の世界を小説にするのは本作が初めてではなく、『ヨイ豊』で描いた幕末の版元事情の延長線上に『広重ぶるう』があります。二作を続けて読むと、江戸の出版界という一つの産業が立体的に見えてきます。

内容の骨格:何がどの順で書かれているか

物語は広重の若い頃から始まり、家督や役目と絵の仕事を両立させながら、なかなか芽の出ない日々が続きます。転機になるのが、当時輸入され始めた合成顔料ベロ藍(プルシアンブルー)です。摺物に使える鮮やかな青が手に入ったことで、風景画の見え方そのものが変わる。そこから「東海道五十三次」の大当たりへ、さらに晩年の「名所江戸百景」へと進んでいきます。時代順にまっすぐ進む構成なので、浮世絵の知識がなくても筋を見失いません。

この本ならではの点

広重を描いた小説は他にもありますが、本作は「絵の具」という物質から入るのが特徴です。新しい顔料が入ってきたから新しい絵ができた、という技術と表現の関係を物語の推進力に据えています。あわせて、浮世絵が絵師ひとりの作品ではなく、版元が企画し、彫師が版木を彫り、摺師が色を重ねてはじめて成立する共同作業だったことが、仕事場の描写を通して伝わってきます。北斎の「冨嶽三十六景」という巨大な先行作の存在も物語に大きく影を落としており、当時の出版競争の熱気がそのまま読みどころになっています。

どんな読者に向くか

浮世絵の予備知識はいりません。むしろ「東海道五十三次」の名前しか知らない人が、版画がどう作られていたのかを物語として知るのに向いています。時代小説を読み慣れていない方でも、武家の役職名などにさえ慣れれば読み進められるでしょう。通読向きの長編で、拾い読みには向きません。また、歌川広重、歌川国貞、葛飾北斎、葛飾応為などは実在の絵師ですが、広重の妻をはじめ物語を動かす何人かは作者の創作です。史実の記録として読むのではなく、あくまで小説として読んでください。

関連して見に行けるもの

読後に実物を見るなら、東京・原宿の太田記念美術館が浮世絵専門館として代表的です。展示替え制ですが、広重作品が出る会期を選べば「東海道五十三次」や「名所江戸百景」に会えます。広重を主題にした美術館も各地にあり、静岡市東海道広重美術館(静岡市清水区)、中山道広重美術館(岐阜県恵那市)、那珂川町馬頭広重美術館(栃木県那須郡)が知られています。実物の前では、空や水面のグラデーション、いわゆる「ぼかし」の摺りに注目してみてください。作中で語られる摺師の仕事が、そこに残っています。

まとめ

『広重ぶるう』は、一色の絵の具が一人の絵師の人生を変えた話であり、同時に江戸の出版という産業の話でもあります。読み終えると、浮世絵の青が前より濃く見えるはずです。

Kindle版:広重ぶるう(新潮文庫)