『リボルバー』:ゴッホの死の謎に挑む、パリ発のアート・ミステリー

『リボルバー』:ゴッホの死の謎に挑む、パリ発のアート・ミステリー

ゴッホは本当に自殺だったのか——。パリのオークション会社に持ち込まれた一丁の錆びたリボルバーから、ゴッホとゴーギャン、二人の天才の関係の真実に迫る長編アートミステリーです。

はじめに:一丁の錆びた拳銃から始まる物語

『リボルバー』(原田マハ 著)は、フィンセント・ファン・ゴッホの死の謎を軸にした長編小説です。パリの小さなオークションハウスで働く高遠冴のもとに、ある日「ゴッホを撃ち抜いた」というリボルバーが持ち込まれます。錆びついた一丁の銃の真贋を調べるうちに、ゴッホとポール・ゴーギャン、アルルで共同生活を送った二人の画家の関係が、新たな光のなかに浮かび上がっていきます。

書誌

2021年5月に幻冬舎から刊行され、2023年7月に幻冬舎文庫へ収められました。長編一冊分の分量で、単行本でも文庫でも手に入ります。

下敷きになった実際の出来事

2019年6月19日、パリのオークションで、ゴッホが自殺に使ったとされる7ミリ口径のリボルバー「ルフォシュー」が競売にかけられました。この銃は1960年ごろ、地元の農民が畑で見つけたものです。予想落札価格は6万ユーロとされていましたが、実際にはその三倍近い約16万ユーロで落札されました。この出来事を知ってから読むと、物語の手触りが変わります。もっとも、主人公の冴も、彼女の勤めるオークションハウスも架空の存在です。

著者について

原田マハさんは、美術館のキュレーターとして働いた経歴を持つ小説家です。『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』と続くアート小説の系譜のなかでも、本作はとりわけミステリー色の濃い一冊にあたります。ゴッホについては評伝的な新書『ゴッホのあしあと』も書いており、同じ画家を小説と実録の両面から扱っている点が、この作家らしいところです。

この本の3つの見どころ(読みどころ)

1.「ゴッホの死」という美術史最大級の謎

ゴッホは1890年7月、パリ近郊のオーヴェール=シュル=オワーズで銃創がもとに亡くなりました。定説は自殺ですが、遺書は残されておらず、他殺説も真剣に議論されてきました。本作はその論争を踏まえたうえで、小説だからこそ可能な大胆な仮説を提示します。

2. ゴーギャンという「もう一人の主役」

アルルの黄色い家での、わずか二か月ほどの共同生活と決裂。そして「耳切り事件」。ゴッホの物語では悪役にされがちなゴーギャンの孤独と矜持が丁寧に描かれ、二人の関係の見え方が根本から変わります。タヒチへ渡ったあとのゴーギャンを知っている読者ほど、味わいが深くなるはずです。

3. オークションの世界の臨場感

美術品の来歴(プロヴナンス)調査や真贋鑑定、カタログ制作から下見会、そして落札まで。オークションビジネスの裏側の描写は、美術館のキュレーターとして働いた経歴を持つ著者ならではです。作品の値段がどう決まるのかという、普段は見えない仕組みが物語の推進力になっています。

どんな読者に向くか

美術の知識はいっさい不要です。ゴッホもゴーギャンも、必要な背景は作中で説明されます。ミステリーとしての牽引力があるので、長編でも一気に読み通せるタイプの本です。ただし、史実を確かめる目的では読めません。作中の仮説は小説としての創作で、研究上の定説ではありません。史実を先に知りたい方は評伝や画集を当たり、そのうえで本作の「もしも」を楽しむのが安全な順序です。ゴッホ展を控えている方の予習にも向きます。

類書と何が違うのか

ゴッホを扱う小説は多いのですが、その大半は画家本人の生涯を内側から描きます。本作は、現代のオークション業界で働く人物を語り手に据え、作品と資料を「調べる」ことで過去へ近づいていく構成を取っています。だから読者は画家の心情に没入するのではなく、証拠を突き合わせる側に立つことになる。同じ著者の『たゆたえども沈まず』がゴッホの生前を正面から描いた小説なので、二冊を続けて読むと、生と死を両側から眺めることができます。

関連して見に行けるもの

読了後は実物を見たくなります。ゴッホなら、東京・新宿のSOMPO美術館が所蔵する《ひまわり》、ひろしま美術館の最晩年作《ドービニーの庭》、上野の国立西洋美術館の《ばら》。ゴーギャンなら、岡山・倉敷の大原美術館が所蔵するタヒチ時代の《かぐわしき大地》です。二人の絵を同じ夏に見に行く、という旅の目標もいいものです。

まとめ

『リボルバー』は、ミステリーとしての牽引力と美術小説としての深みを兼ね備えた一冊です。読み終えたときには、ゴッホとゴーギャン、それぞれの絵をもう一度見たくなること請け合いです。

Kindle版:リボルバー(幻冬舎文庫)