名和晃平:ガラス球で覆われた鹿の彫刻

画家

剥製の全身を透明な球で覆うと、表面はレンズになり、輪郭は溶けていく。名和晃平の《PixCell》は「物を見る」という行為そのものを問い直します。京都を拠点に彫刻・建築・舞台を横断する作家で、石巻の海辺に立つ白い鹿にも会えます。

名和晃平(1975-)は、素材と表面の関係を追究する彫刻家です。ガラスのビーズで剥製を覆う《PixCell》シリーズをはじめ、シリコーンオイル、発泡ウレタン、樹脂など多様な物質を用いて、彫刻の輪郭を揺さぶり続けています。

経歴

1975年、大阪府に生まれました。京都市立芸術大学大学院美術研究科の博士後期課程で彫刻を専攻し、2003年に博士号を取得しています。

制作の出発点になったのは、インターネットで剥製を購入した経験でした。画面上のピクセルとして見ていた動物が、届いた箱を開けると生々しい物体としてそこにある。この「情報と物質のあいだ」の感覚が、《PixCell》という言葉(Pixel=画素とCell=細胞をかけ合わせた造語)に結晶しました。

2009年、京都市伏見区の宇治川沿いにあった元サンドイッチ工場を改修し、制作拠点SANDWICHを設立。作家・デザイナー・建築家が集まるプラットフォームとして運営しています。京都芸術大学教授も務めています。

作風と手法

《PixCell》では、鹿などの剥製の表面を、大小さまざまな透明ガラス球で隙間なく覆います。すると球の一つひとつがレンズになり、内側の毛や皮膚を拡大して映し出す。近づくほど細部が見えるのに、全体の輪郭はどこにあるのか分からなくなります。

ほかにも、黒いシリコーンオイルが滴り落ち続ける《Force》、無数の泡が生成しては消える《Foam》、発泡ウレタンが増殖したような《Biomatrix》など、名和の作品はいずれも「物質が自ら形を持つ瞬間」をとらえようとしています。手で彫るのではなく、素材そのものの性質に形を委ねる。そこが伝統的な彫刻との大きな違いです。

主な作品

  • 《PixCell》シリーズ(2002年-):ガラス球で覆った剥製。名和の代名詞であり、国内外の美術館が収蔵しています。
  • 《White Deer (Oshika)》(2017年):宮城県石巻市・牡鹿半島の荻浜。Reborn-Art Festival 2017で発表された、白く輝く巨大な鹿の立像です。同名の作品は東京・紀尾井町にも設置されています。
  • 《Force》:黒い液体が天井から床へ落下し続けるインスタレーション。重力を可視化する作品です。
  • 《Throne》(2018年):パリのルーヴル美術館ガラスピラミッド内で公開された、金色の大型彫刻です。

国際的な評価

2011年に東京都現代美術館で開かれた個展「名和晃平-シンセシス」は、この作家の全体像を示す機会となりました。海外ではルーヴル美術館での《Throne》公開が大きく報じられたほか、振付家ダミアン・ジャレとの共同制作によるダンス作品の舞台美術も国際的に上演されています。彫刻・建築・舞台と越境しながら、日本の現代美術を代表する作家の一人として活動しています。

日本で見られる場所

屋外で名和作品に会える代表格が、宮城県石巻市の荻浜(おぎのはま)に立つ《White Deer (Oshika)》です。牡鹿半島の入り江を望む砂浜に、高さおよそ6メートルの白い鹿が海を向いて立っています。石巻市街から車で約40分。震災後の風景の中に、神話の生き物のような姿がぽつんと現れる光景は忘れがたいものです。作品は石巻市との協議のもと、2027年まで展示される予定とされています。

東京では、東京ガーデンテラス紀尾井町(千代田区紀尾井町)に《White Deer》が設置されており、誰でも無料で見ることができます。都心のビル群を背にした白い鹿という取り合わせが、石巻とはまったく違う印象を生みます。

美術館では、東京都現代美術館をはじめ国内の主要館が《PixCell》シリーズなどを所蔵しており、コレクション展や企画展で公開される機会があります。

見どころ

《PixCell》は必ず、遠くと近くの両方から見てください。数メートル離れると鹿の姿がはっきり見えるのに、一歩ずつ近づくにつれて像が壊れ、無数のレンズの中の毛並みだけが残ります。私たちが「見ている」と思っているものが、いかに距離と情報の量に左右されているか――名和の彫刻は、それを身体で分からせてくれます。