荒川修作:死なないための建築をつくった美術家

画家

傾いた床、迷路のような部屋、色だらけの集合住宅。荒川修作はマドリン・ギンズと組み、体で使うことで感覚をつくり直す「天命反転」の建築を残しました。岐阜の養老天命反転地と東京の三鷹天命反転住宅は、今も歩いて体験できます。

荒川修作(1936-2010)は、絵画から出発し、やがて「建築」で人間の体そのものを変えようとした美術家です。パートナーのマドリン・ギンズとの協働は約50年に及び、岐阜県の養老天命反転地や東京の三鷹天命反転住宅など、歩いて体験する作品を残しました。人は死ぬという運命を建築で反転させる。それが「天命反転」です。

経歴

1936年、名古屋市に生まれました。武蔵野美術学校に入学しますが、ごく短期間で中退します。1950年代の終わりから読売アンデパンダン展に出品し、棺桶を思わせる箱の作品で批評家の注目を集めました。

1961年12月、ニューヨークへ渡ります。詩人の瀧口修造の紹介でマルセル・デュシャンに会い、以後ニューヨークを拠点にしました。同じころ、詩人で美術家のマドリン・ギンズと出会います。二人は生涯の共同制作者となり、「意味とは何か」という問いに絵画・文章・建築で取り組みました。

1990年代からは建築へと活動の中心を移し、1994年に岡山県の奈義町現代美術館、1995年に岐阜県の養老天命反転地、2005年に東京の三鷹天命反転住宅を完成させます。2010年5月、ニューヨークで亡くなりました。ギンズも2014年に世を去っています。

作風と手法

荒川の関心は、絵の美しさではなく「人はどうやって物事を分かるのか」にありました。絵画には図形や文字、矢印が並び、見る人に考える手順を踏ませます。ギンズとの共作《意味のメカニズム》は、まさにその問いを80点以上の画面に展開した作品です。

やがて二人は、キャンバスの外に出ます。床を傾け、天井の高さを変え、色を大量に使う。そうやって体のバランスを崩すと、人は普段使っていない感覚を総動員して環境を探り始める。二人はこれを「建築する身体」と呼び、「死なない」ための方法として本気で提案しました。

主な作品

  • 《意味のメカニズム》(1963年-):マドリン・ギンズとの共作。大型の絵画81点とドローイング44点などで構成される、二人のライフワークです。1970年のヴェネチア・ビエンナーレで発表されました。
  • 《遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体》(1994年):奈義町現代美術館の「太陽」の部屋。傾いた円筒形の空間に、京都・龍安寺の石庭を模した庭が対になって置かれています。
  • 養老天命反転地(1995年):岐阜県養老町の公園内にある約18,000平方メートルの体験型作品。「極限で似るものの家」と「楕円形のフィールド」からなります。
  • 三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller(2005年):東京都三鷹市に建つ全9戸の集合住宅。外も内も14色に塗り分けられ、部屋ごとに色の組み合わせが違います。

国際的な評価

1970年、第35回ヴェネチア・ビエンナーレで《意味のメカニズム》を発表。1972年には「意味のメカニズム」展がベルリン市立美術館などを巡回しました。1975年にはカーニュ・シュル・メール国際絵画祭でグランプリ、1986年にはフランス芸術文化勲章シュヴァリエを受けています。1997年にはニューヨークのグッゲンハイム美術館ソーホーで大規模な回顧展「Reversible Destiny」が開かれました。2008年にはニューヨーク州イーストハンプトンに住宅作品「バイオスクリーブ・ハウス」も完成しています。

日本で見られる場所

荒川の建築作品は常設で、中に入って体験できます。

養老天命反転地(岐阜県養老郡養老町・養老公園内)は、荒川とギンズの構想を実現した最大の作品です。すり鉢状の「楕円形のフィールド」に9つのパビリオンと148本の回遊路が配され、床はどこも傾いています。メインパビリオン「極限で似るものの家」は、迷路のような部屋の中に家具が散らばる不思議な家です。開園は1995年で、有料です。歩きやすい靴で行ってください。

三鷹天命反転住宅(東京都三鷹市大沢)は、実際に人が暮らす集合住宅です。予約制の見学会が開かれており、学芸担当者の解説を聞きながら住戸の内部を約1時間30分かけて体験できます。日程は公式サイトで確認してください。

奈義町現代美術館(岡山県奈義町)では、磯崎新設計の建物と一体になった《遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体》が常設されています。円筒形の部屋全体が傾いていて、中に入って体で作品を味わえます。

《意味のメカニズム》は、1988年までに制作し直された第2版(No.2)全127点を長野県軽井沢町のセゾン現代美術館が所蔵しています。公開は展覧会の機会に限られます。

見どころ

荒川の建築は、写真で見るのと歩くのとでは別物です。養老では、まず傾いた床の上で立ち止まってみてください。体が勝手に足の裏や手で周囲を探り始めます。その「探っている感じ」こそが作品です。荒川とギンズは、この感覚を使い続ければ人は変わると信じました。体が知らない場所に置かれたときの新鮮さは、誰でもその場で味わえます。