柳幸典:蟻が国旗を崩し、廃墟が美術館になる

画家

色砂で作った国旗を蟻に食い荒らさせる《ザ・ワールド・フラッグ・アント・ファーム》で世界に知られた作家。近代日本を問い直す姿勢は、銅精錬所の廃墟を蘇らせた岡山・犬島精錬所美術館に結実しました。暗い通路を抜けた先に、三島由紀夫邸の部材が宙に浮かびます。

柳幸典(1959-)は、国家や近代化のあり方を問い直す作品を作り続けている現代美術の作家です。生きた蟻に国旗を崩させる作品、そして産業遺構をまるごと作品化する大規模プロジェクトで知られています。

経歴

1959年、福岡県に生まれました。武蔵野美術大学を卒業したのち渡米し、イェール大学大学院で彫刻を学んで修士号を取得しています。

1993年、第45回ヴェネチア・ビエンナーレの若手部門「アペルト」に選出され、日本人として初めて同部門で受賞しました。受賞作は、各国の国旗を色砂で作り、透明の箱に収めてチューブでつなぎ、そこに蟻を放つというものでした。蟻が砂を運ぶうちに国旗は形を失い、色は混ざり合っていきます。

作風と手法

柳の作品には、はっきりとした批評があります。国旗、日の丸、日章旗、円、原子力、天皇制、三島由紀夫――日本の近代が抱え込んだ主題を、正面から扱う作家です。

とはいえ手つきは説教くさくありません。蟻に働かせる、鏡で光を導く、風の通り道を計算する。装置としての面白さがまずあって、体験した後にじわじわと意味が立ち上がってくる構造をとります。

もう一つの柱が場所の再生です。使われなくなった産業施設や廃校に入り込み、建物の記憶を残したまま作品に変えてしまう。作品を置くのではなく、場所そのものを作品にするやり方です。

主な作品

  • 《ザ・ワールド・フラッグ・アント・ファーム》(1990年-):色砂の国旗と蟻による代表作。国際的な評価を決定づけました。
  • 《ヒーロー乾電池/ソーラー・ロック》(2008年):岡山市の犬島精錬所美術館の中核作品。三島由紀夫が25歳まで暮らした渋谷区松濤の家屋の部材を解体して用いています。
  • 犬島精錬所美術館(2008年開館):1909年に建てられ10年ほどで操業を終えた銅精錬所の遺構を、建築家・三分一博志とともに美術館に転換したプロジェクトです。
  • アートベース百島(2012年-):広島県尾道市の百島にある廃校を拠点化した、柳の恒久的な活動の場です。

国際的な評価

1993年のヴェネチア・ビエンナーレでのアペルト部門受賞は、日本の現代美術が国際的に評価された象徴的な出来事として語り継がれています。以後もアジア、欧米の国際展や美術館で作品を発表し、近代国家というテーマを扱う作家として一貫した位置を占めてきました。

日本で見られる場所

犬島精錬所美術館(岡山市東区犬島)は、柳幸典を体験するのに最良の場所です。岡山県の宝伝港からフェリーで約10分。島に上がると、赤いカラミ煉瓦を積み上げた精錬所の廃墟がそのまま残っています。館内は電気や空調にほとんど頼らず、太陽光と地熱、煙突の上昇気流で環境を保つ設計です。

順路の途中には長い暗い通路があり、鏡の反射だけで導かれた光の先に出口が見えます。その先に、三島邸の窓枠や梁が宙吊りになった《ヒーロー乾電池》の空間が広がります。近代日本が始まった場所の廃墟で、近代日本の終わり方を考えた作家に出会う――場所と作品が完全に噛み合った、稀有な美術館です。

アートベース百島(広島県尾道市百島町)は、尾道からフェリーで渡る島の廃校を使ったアートセンターです。柳の作品が展示され、若手作家の展覧会も開かれています。開館日が限られるため、訪問前に確認が必要です。

見どころ

犬島では、作品の前だけでなく、そこに至るまでの道のりを味わってください。フェリーを降りて廃墟を回り込み、暗い通路を通って光へ出る。この一連の身体の移動が、そのまま作品の一部として設計されています。廃墟をきれいに片づけないまま美術館にした判断が、この場所の強さそのものです。