蔡國強:火薬で絵を描き、空に梯子をかける
紙の上に火薬を撒いて着火し、焦げ跡で絵にする。蔡國強は爆発を絵筆に変えた作家です。20代後半から約9年間を日本で過ごし、福島県いわき市には地元の人たちと作った「いわき回廊美術館」がいまも残っています。
蔡國強(1957-)は、火薬の爆発を制作手段とする中国出身の現代美術作家です。紙や画布の上に火薬を置いて着火し、その焦げ跡を絵とする「火薬絵画」と、夜空や地上で行う大規模な爆破プロジェクトの二本立てで知られています。
経歴
1957年、中国福建省の泉州に生まれました。父は書家であり画家で、家には書物と紙がありました。港町である泉州は火薬の扱いが日常に近い土地でもあり、祭礼の爆竹の記憶が制作の原点にあります。
上海戯劇学院で舞台美術を学び、1986年に来日します。以後1995年までのおよそ9年間を日本で過ごし、筑波大学で学びながら火薬を使う手法を確立させました。日本語で発表を重ね、日本の美術館やギャラリーで作品を発表したこの時期が、彼の転機です。1995年にニューヨークへ移り、以後は世界を舞台に活動しています。
作風と手法
火薬絵画では、下絵に沿って火薬を配置し、板や重しを載せて着火します。爆発は一瞬で、やり直しがききません。作者が完全には制御できない力を招き入れ、その結果を受け取るという姿勢が一貫しています。
爆破プロジェクトはさらに大規模で、昼間の空に色の煙で図形を描いたり、夜空に炎の梯子を立ち上げたりします。中国の火薬や風水、宇宙観といった伝統的な世界観を、現代美術の文脈へ持ち込んだ点が高く評価されてきました。
代表作
- ヴェネツィアの収租院(1999年)ー ヴェネチア・ビエンナーレで発表し、金獅子賞を受賞しました。
- 不合時宜:舞台一(2004年)ー 宙を舞う9台の自動車と光の筋で爆発を表した作品。シアトル美術館などで展示されました。
- ヘッド・オン(2006年)ー 99匹の狼が透明な壁に次々ぶつかっていく大型インスタレーション。ベルリンで制作されました。
- 空の梯子(2015年)ー 故郷・泉州の海上で、気球から吊るした500メートルの梯子を燃え上がらせたプロジェクト。
- 龍骨(廃船)ー 福島県いわき市の「いわき回廊美術館」の頂上に置かれています。
国際的な評価
1999年のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞しました。2008年の北京オリンピック開会式では花火と映像の演出を担当し、同年にはニューヨークのグッゲンハイム美術館で大規模な回顧展が開かれています。2012年には日本の高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)を受賞しました。
日本で見られる場所
最も確実なのは福島県いわき市の「いわき回廊美術館」です。東日本大震災の後、地元の「いわき万本桜プロジェクト」と蔡國強のスタジオが協力し、2013年に開館しました。山の斜面に沿って全長約99メートルの木造の回廊が延び、その材は敷地の杉から伐り出されています。約400人のスタッフとボランティアが3か月ほどかけて建てました。回廊には地元の人々や子どもたちの作品が並び、頂上には蔡國強自身の《龍骨》が据えられています。
春には周囲に植えられた桜が咲きます。作品を見る施設というより、震災後の土地に人が集まって作り続けている場所そのものが作品だと言えます。開館日が限られることがあるため、訪問前に確認が必要です。
このほか国内の美術館が火薬絵画を所蔵しており、横浜美術館など主要館で個展も開かれてきました。
見どころ
火薬絵画を見る機会があれば、紙の表面をよく見てください。焦げの濃淡、飛び散った火薬の粒、繊維がめくれた跡。すべて一瞬の爆発が残したもので、筆で描いたものは一本もありません。制御と偶然のあいだで成立するその表面が、この作家の核心です。