毛利悠子:水漏れと腐る果物で音を鳴らす作家

画家

駅の水漏れ対策をまねた装置、電極をさした果物が鳴らす音。毛利悠子は身の回りの物をつなぎ、目に見えない力が動く様子を見せます。2024年のヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表。その帰国展が2026年11月まで横浜美術館で開かれています。

毛利悠子(1980-)は、日用品や機械の部品を組み合わせて、磁力、重力、水、空気の流れといった目に見えない力を感じさせる作家です。2024年の第60回ヴェネチア・ビエンナーレで日本館の代表作家を務め、いま世界でもっとも注目される日本の現代作家の一人です。

経歴

1980年、神奈川県に生まれました。多摩美術大学の情報デザイン学科を2004年に卒業し、2006年に東京藝術大学大学院の先端芸術表現専攻を修了しています。

転機は2015年です。日産アートアワードでグランプリを受け、同じ年にアジアン・カルチュラル・カウンシルの助成でニューヨークに半年間滞在しました。以後、2016年のコチ=ムジリス・ビエンナーレ、2017年のリヨン・ビエンナーレ、2021年のサンパウロ・ビエンナーレ、2022年のシドニー・ビエンナーレと、国際展への参加が続きます。2018年にはロンドンのカムデン・アーツ・センターで個展を開きました。

2024年、ヴェネチア・ビエンナーレの日本館に選ばれ、個展「Compose」を発表。キュレーターは韓国出身のイ・スッキョンで、日本館の企画を外国人が担当した初めての例となりました。現在は東京を拠点に活動しています。

作風と手法

毛利の作品は「彫刻」というより「装置」です。バケツ、ホース、ロール紙、はたき、電球、古い楽器。どこにでもある物をつないで、水が流れ、紙が回り、鈴が鳴る仕組みをつくります。ただし、作家が動きを完全に決めるわけではありません。埃の量、湿度、果物の水分。環境の変化に応じて作品の動きや音が変わるように設計されています。

だから作品は毎日少しずつ違います。作家は「つくる」より「立ち会う」に近い態度で、その場所に潜んでいた流れに形を与える。見る人は、いつもは気づかない力が確かに働いていることを、音と動きで知ることになります。

主な作品

  • 《I/O》(2011年-):ゆっくり回るロール紙が埃を拾い、センサーがそれを感知して照明や鈴、水の波紋を動かす装置です。東京都現代美術館が所蔵しています。
  • 《モレモレ:与えられた落水》(2015年-):東京の地下鉄駅で職員が身近な道具を使い、応急処置で水漏れをしのぐ様子を調べ、そこから発展させた水の循環システムです。
  • 《Decomposition》(2021年-):果物に電極をさし、腐って水分が変わるにつれて音や光が変化する作品。ヴェネチアの日本館でも中心になりました。
  • 「Compose」(2024年):ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の個展。水漏れと果物の二つのシリーズで館全体を一つの装置にしました。

国際的な評価

2015年に日産アートアワードのグランプリ、2016年に神奈川文化賞未来賞、2017年に第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受けました。2024年のヴェネチア・ビエンナーレ日本館は大きな話題を呼び、2025年には韓国の国立現代美術館とミラノのピレリ・ハンガービコッカで個展を開催。同じ年のカルダー賞(2026年発表)を受賞しました。作品はパリのポンピドゥー・センター、ウィーンのアルベルティーナ美術館、香港のM+などに収蔵されています。

日本で見られる場所

常設で見られる場所はなく、企画展の機会に限られます。作品の多くが環境に応じて動く装置で、場所ごとに組み直されるためです。

いちばん近い機会は横浜美術館です。2026年7月24日から11月23日まで、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の帰国展「毛利悠子 Recompose」が開かれています。水漏れの《モレモレ》と果物の《Decomposition》、日本館を構成した二つのシリーズを、横浜の展示室に合わせて組み直しています。

東京都現代美術館は《I/O》(2011-16年)を所蔵しています。コレクション展に出る場合があるので、同館の展示予定を確認してください。

2024年11月から2025年2月には、東京のアーティゾン美術館で石橋財団コレクションと共演する「ジャム・セッション」展が開かれました。今後も国内の企画展は続くはずです。作家の公式サイトに展覧会の予定がまとまっています。

見どころ

毛利の作品は、じっと待つほど面白くなります。展示室に入ってすぐ全体を眺め、次に一つの装置の前に立ち止まってください。水がどこから来てどこへ行くのか、目でたどる。ふいに鈴が鳴ったら、何がきっかけだったか探す。作品はあなたの動きや、その日の湿度にも反応しているかもしれません。美しい物を見に行くのではなく、力が働く現場に立ち会いに行く。そう思って出かけると、ただの日用品が別のものに見えてきます。