森村泰昌:名画の中の人物に自ら扮する
ゴッホになり、フリーダ・カーロになり、マリリン・モンローになる。森村泰昌は自分の身体を使って美術史を演じ直してきました。扮装写真という手法で、絵を見るとはどういうことかを問い続ける作家です。大阪の自主運営ミュージアムでその全貌に触れられます。
森村泰昌(1951-)は、自らが名画や写真の登場人物に扮して撮影する「セルフポートレイト」の手法で知られる現代美術の作家です。ゴッホ、フェルメール、ベラスケス、フリーダ・カーロ、そして20世紀の映画女優や歴史上の人物まで、扮した相手は膨大な数にのぼります。
経歴
1951年、大阪市に生まれました。京都市立芸術大学美術学部を卒業し、教職に就きながら制作を続けます。
転機は1985年でした。ゴッホの自画像に自ら扮して撮影した大型カラー写真を発表し、大きな反響を呼びます。西洋美術の名作に、日本人である自分が入り込む。この一見ふざけたようにも見える行為が、実は美術史と日本の関係を鋭く突いていました。
1988年、ヴェネチア・ビエンナーレの若手部門「アペルト」に選出され、国際的な注目を集めます。以後、大阪を拠点に活動を続けています。
作風と手法
森村の制作はまず「なりきる」ことから始まります。衣装を作り、化粧を施し、背景を組み、小道具を揃える。そのうえで自分がモデルになり、写真を撮る。仕上げに画像処理を加え、元の絵画と同じ構図の一枚に仕立てます。
ここには二重の批評が仕込まれています。ひとつは、西洋の名画を日本人の身体で演じ直すという文化的なずれ。もうひとつは、男性である森村が女性像を演じることによる性差のずれです。似ているようで決定的に違う。その違和感が、私たちが名画を「当たり前」と思って見ていたことを浮かび上がらせます。
近年は写真だけでなく、映像作品やパフォーマンス、演劇的な発表にも取り組んでいます。
主な作品
- 《肖像(ゴッホ)》(1985年):ゴッホの自画像に扮した初期の代表作。以後の全活動の出発点です。
- 「美術史の娘」シリーズ:フェルメール、マネ、ベラスケス、レンブラントなど西洋絵画の名作を題材にした連作です。
- 「女優」シリーズ:マリリン・モンロー、オードリー・ヘプバーンら20世紀の映画女優に扮した作品群です。
- 《肖像(双子)》:マネの《オランピア》に基づく作品で、森美術館が所蔵しています。
- 「なにものかへのレクイエム」シリーズ:三島由紀夫やレーニンなど、20世紀の歴史上の人物に扮した映像・写真作品です。
国際的な評価
1988年のヴェネチア・ビエンナーレ「アペルト」での紹介以来、欧米の美術館やビエンナーレで作品が展示されてきました。国内では2016年に国立国際美術館で大規模な回顧展が開かれ、2014年にはヨコハマトリエンナーレのアーティスティック・ディレクターを務めています。作品を作るだけでなく、美術史をどう語り直すかという方法そのものを提示してきた作家です。
日本で見られる場所
モリムラ@ミュージアム(M@M)は、2018年に森村自身が大阪に開設した施設です。長年のアーカイブと自主企画の展示を見ることができ、作家の思考の過程まで含めて追える貴重な場所になっています。開館日と展示内容が限られるため、訪問前に公式の案内を必ず確認してください。
国立国際美術館(大阪市北区中之島)と森美術館(東京都港区六本木)は、いずれも森村作品を収蔵しています。コレクション展や企画展で公開される機会があるほか、東京都写真美術館など写真を扱う館でも作品に出会えます。
森村は大阪を離れずに制作を続けてきた作家です。大阪の美術館を巡ると、彼の名前に出会う頻度が高いことに気づくはずです。
見どころ
森村の作品を見るときは、元になった絵画を思い浮かべながら「どこが違うか」を探すのが一番の楽しみ方です。構図も色も衣装もそっくりなのに、顔だけが決定的に別人である。その居心地の悪さこそが作品の核心です。名画を借りたパロディに見えて、実は「私たちはなぜこの絵を美しいと思ってきたのか」という問いに正面から向き合っている。笑ったあとに、静かに考え込むことになる作家です。