カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ:圧倒的な大自然の崇高と孤独、無限の宇宙と魂の対話を描いたドイツ・ロマン主義の巡礼者
「霧の海の上の旅人」を描いたフリードリヒ。(本文の表記に合わせる)美しい絵画ではなく、自然の前に背を向けて立ち尽くす人物(後ろ向きの人物)を通じて、人間のちっぽけさと、大自然の背後にある神の臨在を描いた神秘主義の一生。
カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(1774-1840)は、ドイツ・ロマン主義を代表する風景画家です。当時の風景画が、美しい城やのどかな牧場を描く楽しみのための絵だったのに対し、フリードリヒが描いたのは、静寂、霧、氷海、立ち枯れた木々、そして廃墟となった教会という、神秘的で孤独な光景でした。彼は画面に、鑑賞者へ背を向けた人物(リュッケンフィグール=後ろ姿の人物)を配し、見る人がその人物になりきって大自然の「崇高」を追体験できる形式を作り上げました。
生涯:バルト海の記憶と、忘却のなかの晩年
バルト海沿岸の町グライフスヴァルト(当時はスウェーデン領ポメラニア)に、蝋燭・石鹸職人の子として生まれました。母を7歳で亡くし、幼い頃に凍った水面で遊んでいた際、溺れた自分を助けようとした弟が身代わりに命を落としたと伝えられます。この出来事が、彼の絵に一貫して流れる死と永遠へのまなざしの底にあると考えられてきました。
コペンハーゲンの美術アカデミーで学んだのち、1798年からドレスデンに定住します。1808年、山頂の十字架を描いた《山上の十字架(テッチェン祭壇画)》を発表すると、批評家ラムドールから「風景画が祭壇画の座を奪うのか」と激しく攻撃され、ドイツ美術界を二分する大論争になりました。1810年にはプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世が《海辺の修道士》と《樫の森の修道院》を購入し、名声が確立します。
1816年にドレスデン美術アカデミーの会員となりますが、時代がリアリズムへ移るにつれ、その神秘的な作風は「暗く時代遅れだ」と見なされていきました。1835年に脳卒中で倒れて自由に絵筆を執れなくなり、1840年、困窮と孤独のうちにドレスデンで没します。1906年にベルリンで開かれた「ドイツ世紀展」でまとまった数の作品が展示されたのをきっかけに再評価が始まり、今日ではロマン主義最大の画家と位置づけられています。
画風の特徴
制作は必ず、屋外で描いた綿密な素描から始まりました。ただし彼は目の前の景色をそのまま写さず、別々の場所で写した岩、木、船を組み合わせて、現実には存在しない一つの風景を構成します。地平線を極端に低く、あるいは高く取り、画面の大半を空か岩で占めさせる大胆な構図。色は青灰色と褐色を基調に、朝夕の光がにじむように塗り重ねられ、筆跡はほとんど残りません。十字架、モミの木、船、月、霧といったモチーフは、それぞれ信仰や死、生の終わりを指す記号として繰り返し用いられました。
代表作
- 霧の海の上の旅人(1817年頃、ハンブルク美術館):岩山の上に立つ男が、霧に沈む山並みを見下ろす代表作。人物の顔は最後まで見えません。
- 氷海(1823-24年、ハンブルク美術館):積み重なった氷塊の下に難破船が押し潰されている、後期の黙示録的な作品です。
- 山上の十字架(テッチェン祭壇画)(1807-08年、ドレスデン国立絵画館 新マイスター絵画館):夕日を受けた山頂の十字架。風景そのもので祈りを表そうとした問題作です。
- 海辺の修道士(1808-10年、ベルリン旧ナショナルギャラリー):空と海と砂浜の三つの帯だけで構成された、極端に単純な画面です。
同時代の作家との関係
若い頃はゲーテに才能を認められ、ヴァイマルの懸賞で受賞していますが、のちにゲーテは彼の神秘主義的な方向を批判するようになりました。同じくロマン主義の画家フィリップ・オットー・ルンゲとは同郷の同志であり、ドレスデンではノルウェーの風景画家ヨハン・クリスティアン・ダールと同じ建物に住んで親交を結びました。医師で画家のカール・グスタフ・カールスは彼から直接の影響を受け、その芸術論を書き残しています。20世紀に入ると、シュルレアリストやマーク・ロスコら色面抽象の画家たちが、彼の空間感覚に自分たちの先駆を見出しました。
日本で見られるか
日本の美術館にフリードリヒの油彩の主要作品はほとんどありません。来日の機会も少なく、2022年に国立西洋美術館で開かれた「自然と人のダイアローグ」展で、ドイツのフォルクヴァング美術館が所蔵する《夕日の前に立つ女性》が紹介されたのが近年の貴重な例です。なお、ドイツに留学した日本画家・東山魁夷の風景観にフリードリヒとの近さを指摘する見方もあります。
見どころ
絵の前に立ったら、まず後ろ姿の人物と同じ方向を向いてみてください。フリードリヒの絵は、人物を眺める絵ではなく、人物の肩越しに風景を見る絵として作られています。次に、画面のどこにも筆跡が見えないことを確かめてください。絵具の層は薄く均され、光がガラスの内側から差してくるように感じられます。そして、必ず一度は絵の細部を探してください。小さな十字架、遠くの帆、枯れ枝にとまる鳥——こうした一点が、風景全体の意味を決めています。
代表作ギャラリー



作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)