ジャン=ミシェル・バスキア:ストリートの落書きから、27歳で駆け抜けた伝説となった天才

ジャン=ミシェル・バスキア:ストリートの落書きから、27歳で駆け抜けた伝説となった天才

画家

グラフィティ「SAMO」から出発し、頭蓋骨や王冠のモチーフで一世を風靡したバスキア。アンディ・ウォーホルとの共作、そして日本の実業家が123億円で落札した衝撃的な逸話とともに語られる伝説の画家。

ジャン=ミシェル・バスキア(1960-1988)は、1980年代のニューヨークを代表するアメリカの画家です。ストリートの落書き(グラフィティ)から出発し、わずか十年ほどの活動で美術史に名を刻みました。

生涯:ブルックリンからアートシーンの中心へ

1960年12月22日、ニューヨーク市ブルックリンに生まれました。父はハイチ出身、母はプエルトリコにルーツを持ち、英語・スペイン語・フランス語に触れて育っています。7歳のとき自動車事故で入院した際、母が『グレイの解剖学』を差し入れ、これに熱中したことが、のちの骨格や内臓のモチーフにつながったと伝えられます。母は幼いバスキアをたびたび美術館へ連れて行き、早くから絵に親しませました。

1970年代末、友人アル・ディアズとともに「SAMO©」の署名で警句を街の壁に書きつける活動を始めます。1980年にこれをやめて絵画に専念すると、評価は驚くほど速く広がりました。1981年に本格的な個展を開き、1982年にはドイツ・カッセルの国際展ドクメンタ7に参加、1983年にはホイットニー・ビエンナーレに当時の最年少参加者として選ばれています。

1982年にアンディ・ウォーホルと出会い、二人は多数の共同制作を行いました。しかし1980年代半ばから薬物依存が深刻化し、1987年のウォーホルの死は大きな打撃となります。1988年8月12日、ニューヨークの自宅で急性の薬物中毒により死去。27歳でした。死後、作品の市場価値は高騰し、2017年には日本の実業家・前澤友作氏が1982年の《無題》を1億1050万ドル(当時約123億円)で落札しています。

画風の特徴

キャンバス、扉板、拾ってきた木材など支持体を選ばず、アクリル絵具とオイルスティック(棒状の油性クレヨン)、コラージュを併用します。太く速い筆致で描かれた人物は、しばしば頭蓋骨や肋骨がむき出しになり、頭上には三本の突起を持つ王冠が置かれます。画面には単語や数字、記号がびっしりと書き込まれ、その多くにわざと横線が引かれています。バスキアはこの消し方について、隠すことでかえって読みたくさせる効果を語ったとされます。色は原色に近い赤・黄・青を、黒の輪郭がまとめ上げる構成が多く見られます。主題には黒人のミュージシャンやボクサーへの敬意、人種差別や警察暴力への批判、アフリカ系・カリブ系の歴史が繰り返し現れます。

代表作

  • 無題(1982年・個人蔵):黒地に頭蓋骨のような顔が浮かぶ大作。2017年に記録的な高値で落札されました。
  • ハリウッド・アフリカンズ(1983年・ホイットニー美術館、ニューヨーク):ロサンゼルス滞在時、仲間の画家たちと自身を描いた黄色い画面の作品。映画産業における黒人の描かれ方を問い直しています。
  • フーイー(1982年・高知県立美術館):王冠のモチーフを含む横幅3メートル超の大作。日本の公立美術館が所蔵する貴重な一点です。
  • 黒人警官の皮肉(1981年・個人蔵):制服姿の黒人警官を描き、抑圧する側に立たされる矛盾を突いた初期の代表作。
  • チャールズ一世(1982年・個人蔵):ジャズのチャーリー・パーカーに捧げた作品で、王冠と文字が画面を覆います。

同時代の画家との関係

ニューヨークの同世代では、同じくストリート出身のキース・ヘリングと親交がありました。画商・美術館関係者を介してアンディ・ウォーホルと結びつき、二人が並んでボクシンググローブを構えた宣伝写真とともに共作展が開かれています。この共作展の評価が芳しくなかったことは、両者の関係にも影を落としました。また、フランチェスコ・クレメンテを加えた三人での共同制作も行っています。作品にはピカソやサイ・トゥオンブリーからの影響も指摘されます。

日本で見られるか

常設で作品を見られる施設は限られますが、高知県立美術館が《フーイー》(1982年)を所蔵しており、コレクション展で公開されることがあります。バスキア自身は1980年代に来日し、東京で個展を開いた経験もあります。まとまった作品群に触れる機会としては、2019年に森アーツセンターギャラリーで開かれた大規模個展のような企画展が中心となります。

見どころ

実物の前では、まず画面に近づいて絵具の層を見てください。オイルスティックのざらついた線、垂れた絵具、塗り重ねて隠された下の文字が、制作の速度をそのまま伝えます。次に書き込まれた単語を追ってみると、横線で消された語ほど目に飛び込んでくることがわかります。そして王冠のモチーフに注目を。誰の頭上に置かれているかを見比べると、バスキアが敬意を捧げた人物像が浮かび上がってきます。