フリーダ・カーロ:バスの大事故から生まれた痛みを、鮮烈な自画像で描き続けたメキシコの魂

フリーダ・カーロ:バスの大事故から生まれた痛みを、鮮烈な自画像で描き続けたメキシコの魂

画家

18歳での大事故による生涯続く激痛と、夫ディエゴ・リベラとの愛憎を、55点もの自画像に刻み込んだフリーダ・カーロ。メキシコの民族衣装をまとい、痛みと生命力を同時に描き出した唯一無二の画家。

はじめに:鏡の中の自分だけを、生涯描き続けた理由

フリーダ・カーロ(1907-1954)は、メキシコを代表する画家です。生涯に残した200点あまりの作品の多くが自画像という、極めて内省的な作家でもあります。太い一文字眉と鮮やかなメキシコの民族衣装(テワナ)は、彼女のアイデンティティと誇りの表明でもありました。そして、その芸術の原点にあるのが、18歳のときに遭った凄惨な交通事故です。

フリーダ・カーロを変えた交通事故

1925年9月17日、メキシコシティで、18歳のフリーダが乗っていたバスは路面電車と衝突しました。この事故で彼女は脊椎、鎖骨、肋骨、骨盤などを骨折し、右脚は複数箇所で砕け、折れた鉄の手すりが腹部を貫通するという瀕死の重傷を負います。名門校で学び医師を志していた人生は、この日を境に一変しました。

一命はとりとめたものの全身をギプスとコルセットで固定され、長期の療養を余儀なくされます。後遺症は生涯にわたって彼女を苦しめ、数十回に及ぶ手術と長い闘病を強いられ、晩年には右脚の切断も経験しました。彼女の絵に繰り返し現れる、傷つき、貫かれ、それでも屹立する身体のイメージは、すべてこの事故と地続きなのです。

なぜ自画像を描き始めたのか——ベッドの天蓋に取り付けられた鏡

事故後、ギプスで固定されベッドから動けないフリーダのために、家族は天蓋の裏に鏡を取り付け、寝たまま描ける特製のイーゼルを用意しました。彼女が見つめ続けられる唯一のモデルは、鏡に映る自分自身。こうして療養中の1926年、最初の本格的な自画像《ビロードのドレスを着た自画像》が生まれます。「私は自分自身を描く。ひとりでいることが多く、自分こそが最もよく知っている主題だから」——のちに語ったとされるこの言葉のとおり、自画像は痛みを見つめ、生き延びるための手段そのものでした。治療のために着けた石膏コルセットにまで自ら絵を描いています。

画風の特徴:小さな板に描かれた、鮮烈な物語

フリーダの作品は、多くが金属板やメゾナイト(木質繊維板)に描かれた小画面で、手のひらほどの絵も少なくありません。手本にしたのは、メキシコの民衆が教会に奉納した小さな絵馬「エクス・ヴォト(奉納画)」です。災厄とそこからの救いを一枚に凝縮し、下に文字を書き添えるこの様式が、彼女の劇的な構図と直結しています。

色は、メキシコの民芸品を思わせる強い赤・緑・黄・青。人物の背後にはサボテンや熱帯の葉、猿やオウムが装飾のように隙間なく配されます。遠近法や陰影に頼らず細密な筆で一つひとつを均等に描き切るため、画面は旗のように平面的で、それでいて目を離せない強度を持つのです。

生涯:痛みと、ディエゴ・リベラとの愛憎

1907年、メキシコシティ郊外のコヨアカンに生まれたカーロは、6歳でポリオを患い右脚に障害を負います。事故からの回復後、1929年に壁画運動の巨匠ディエゴ・リベラと結婚。互いの不倫や流産の悲しみ、1939年の離婚と翌年の再婚を経ながらも、二人は生涯強く惹かれ合う関係を続けました。1938年にはニューヨークのジュリアン・レヴィ画廊で初個展を開き、生前から国際的な評価も得はじめます。1953年、母国メキシコで開かれた初個展には、医師の制止を振り切りベッドごと会場に運ばせて出席しました。翌1954年、47歳で生涯を閉じています。

代表作

  • 《二人のフリーダ》(1939年、メキシコシティ・近代美術館蔵):ヨーロッパ風のドレスの自分と、民族衣装の自分が手をつなぐ大作。リベラとの離婚の年に制作されました。
  • 《折れた背骨》(1944年、メキシコシティ・ドローレス・オルメド美術館蔵):ひび割れた古代風の柱が背骨として体を貫き、全身に無数の釘が刺さる姿を描いた衝撃作。
  • 《荊の首飾りとハチドリのある自画像》(1940年、テキサス大学オースティン校ハリー・ランサム・センター蔵):血をにじませる茨の首飾りに、黒猫とハチドリが寄り添う自画像。
  • 《死の仮面を被った少女》(1938年、名古屋市美術館蔵):はがき大の小品に、死の仮面をかぶった子どもが立つ。日本で実物を見られる貴重な一点です。

同時代の画家との関係

最大の存在は夫のディエゴ・リベラ(1886-1957)です。21歳年上のリベラは、オロスコ、シケイロスと並ぶメキシコ壁画運動の巨匠で、フリーダの才能を早くから認めました。国家の歴史を巨大な壁に描いたリベラと、自分ひとりの身体を小さな板に描いたフリーダ——公と私、巨大と極小という対照が、二人の関係をよく表しています。フランスの詩人アンドレ・ブルトンはフリーダをシュルレアリストとして紹介し、パリでの展示につなげました。

日本で見られるか

フリーダの油彩は世界的にも点数が少なく、日本国内に主要作品は多くありません。ただし名古屋市美術館が《死の仮面を被った少女》(1938年)を所蔵し、常設展示で公開しています。縦約15センチの小品ですが、同館はリベラやオロスコ、シケイロス、タマヨなどメキシコ・ルネサンスの作品をまとまって収蔵しており、フリーダを取り巻く時代ごと見渡せるのが魅力です。

見どころ:実物の前で何を見るか

まず絵の小ささに驚いてください。画集では大作に見える絵が、実際には机上に置ける寸法であることが多く、それだけ密度が高いのです。次に視線。自画像はほぼ例外なく正面から鑑賞者を見返しており、憐れみを拒む強さがあります。そして背景の生きものと植物。猿、鳥、茨は装飾ではなく物語の登場人物で、数えるように見ていくと一枚の絵が長い自伝であることが分かります。