フアン・グリス:キュビスムに秩序と気品を与えた「第三の男」

フアン・グリス:キュビスムに秩序と気品を与えた「第三の男」

画家

ピカソとブラックが壊した世界を、グリスは澄んだ色彩と厳密な構成で再び組み立てました。「僕は円筒からボトルを作る」——分析から総合へ、キュビスムを完成させた透明な知性です。

はじめに:破壊の後に来た建築家

フアン・グリス(1887-1927)は、スペイン出身の画家です。マドリードからパリへ移り、モンマルトルの「洗濯船」でピカソの隣人となりました。ピカソとブラックが始めたキュビスムに数年遅れて参入しながら、その原理を最も明晰に理解し、体系化した「第三のキュビスト」と呼ばれます。

生涯:製図の学生から、40年の生涯へ

グリスは1887年、マドリードに生まれました。本名はホセ・ビクトリアーノ・ゴンサレスといいます。マドリードの工芸学校で製図と工学を学んだ経歴が重要で、後年の緻密な画面設計はここに根があります。学業を中途で離れたあとは風刺雑誌の挿絵で生計を立てました。

1906年、19歳でパリへ移住します。兵役を避けるため所持品を売り払っての出国で、以後スペインへ戻ることはほとんどありませんでした。住まいはモンマルトルの安アパート「バトー・ラヴォワール(洗濯船)」。同じ建物にピカソがいました。数年は挿絵で食べながら周囲の実験を観察し、本格的に油彩に取り組んだのは1911年ごろからです。

1912年、アンデパンダン展に出した「パブロ・ピカソの肖像」で一躍注目され、同年にはピカソやブラックの画商カーンワイラーと専属契約を結びます。第一次大戦中は南仏に滞在し、戦後の1920年代にはディアギレフ率いるバレエ・リュスの舞台美術も手がけました。しかし持病の腎臓病が悪化し、1927年、パリ郊外ブローニュ=シュル=セーヌで40歳の若さで死去します。ピカソが変貌を続け、ブラックが長寿を得たのに対し、グリスのキュビスムは最も美しい瞬間で時が止まりました。

画風の特徴:先に構成、あとから物

ピカソとブラックの初期キュビスムが、対象を見つめて分解していく「分析的」な手続きだったのに対し、グリスは逆に進みます。まず画面の骨組みを幾何学的に決め、そこにギターや瓶や新聞を当てはめていく——「セザンヌは瓶から円筒を作るが、僕は円筒から瓶を作る」という有名な言葉が示すのは、この順序の逆転です。結果として画面は破綻せず、対象の輪郭も見失われません。色彩も特徴的で、褐色と灰色が支配する初期キュビスムに対し、グリスは青・緑・黄・朱の澄んだ色面を大胆に使います。実物の壁紙や新聞を貼るパピエ・コレも多用し、本物と描かれた質感の境目を意図的に混ぜました。

代表作

  • パブロ・ピカソの肖像(1912年/シカゴ美術館):青灰色の結晶のような面でピカソを描いた出世作。分解されながら気品と静けさを失わない画面に、彼の資質が既に表れています。
  • 朝食(1914年/ニューヨーク近代美術館):紙のコラージュと油彩を組み合わせた総合的キュビスムの代表例。
  • ギターのある静物(1913年ほか):グリスが生涯繰り返した主題。同じモチーフで構成をどう変えられるかという実験の記録でもあります。

同時代の画家との関係

まずピカソ。隣人であり、敬愛の対象であり、無視できない競争相手でもありました。ピカソはグリスの理論的な明晰さに複雑な感情を抱いていたと伝えられます。ブラックとは同じ画商のもとで並走し、パピエ・コレなど技法を共有しました。詩人アポリネールガートルード・スタインら文学者からも高く評価されています。グリスの整理された色面は、後のピュリスムやモダニズム建築、グラフィックデザインへと流れ込みました。

日本で見られるか

数は多くありませんが、国内でも見られます。アーティゾン美術館(東京・京橋)と静岡県立美術館が作品を所蔵しています。いずれもコレクション展示での公開なので、出品の有無は事前確認が確実です。代表作の多くはニューヨーク近代美術館、シカゴ美術館、ポンピドゥー・センターなど海外にあり、日本でまとまって見る機会は大型企画展に限られます。

見どころ

  • 色で見分ける:褐色のピカソ・ブラック初期キュビスムに対し、グリスは青・緑・黄の澄んだ色彩。展示室で一目で見分けられます。
  • 「元の物」を探す:ギター、瓶、新聞、果物鉢。グリスのパズルは必ず解けるように作られています。復元ゲームとして楽しんでください。
  • 貼り紙か、描いた紙か:本物を貼った部分と、それらしく描いた部分が隣り合っています。近づいて表面の凹凸を確かめてください。

まとめ

グリスは、革命を様式へと磨き上げた画家です。キュビスムが「わからない」人こそ、グリスから入ると景色が変わります。

代表作ギャラリー

パブロ・ピカソの肖像
パブロ・ピカソの肖像1912年シカゴ美術館
ギターのある静物
ギターのある静物1913年頃
The Bottle of Anís del Mono
The Bottle of Anís del Mono1914年ソフィア王妃芸術センター
Portrait of Pablo Picasso
Portrait of Pablo Picasso1912年シカゴ美術館
Le Canigou
Le Canigou1921年オルブライト=ノックス美術館
Violin and Playing Cards on a Table
Violin and Playing Cards on a Table1913年メトロポリタン美術館
Guitar and Newspaper
Guitar and Newspaper1925年ソフィア王妃芸術センター
The Breakfast
The Breakfast1915年ポンピドゥー・センター

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)