ジョアン・ミロ:星と月と鳥の記号で宇宙を描いた、カタルーニャの詩人画家
星、月、鳥、女。単純な記号と原色で、子どもの絵のように自由で詩的な宇宙を描いたジョアン・ミロ。シュルレアリスムを超えて独自の世界へ到達した、カタルーニャの巨匠の生涯。
はじめに:見る人を笑顔にする抽象画
ジョアン・ミロ(1893-1983)は、スペイン・カタルーニャ地方出身の画家・彫刻家・陶芸家です。星や月、鳥、目玉といった単純化された記号を、赤・青・黄・黒の鮮やかな色とともに画面に散りばめ、まるで子どもが描いた宇宙のような、自由で詩的な世界を作り上げました。ピカソ、ダリと並んで「スペインの三大巨匠」に数えられますが、その作風は誰よりも軽やかで、ユーモアにあふれています。
生涯:故郷の大地から、宇宙へ
1893年、バルセロナに生まれました。一度は事務員として働きましたが、体調を崩したのを機に画業へ専念します。療養先が、両親の買い求めたタラゴナ近郊の農村モンロッチでした。この土地の赤い大地と農家の風景は、生涯を通じてミロの原点であり続けます。
1920年からパリとモンロッチを行き来する生活を始め、アンドレ・ブルトンらシュルレアリスムの詩人や画家たちと交流しました。夢や無意識をテーマに、記号が白い空間に浮遊する独自の画面がこの時期に生まれます。しかしミロは特定の運動に縛られることを嫌い、1927年頃には既成の絵画の破壊を意味する「絵画の暗殺」を口にして、コラージュや立体など実験を重ねました。
スペイン内戦と第二次大戦の苦難の時代には、フランスに避難しながら、夜空の星々に希望を託した小さな連作《星座》を制作します。戦後は陶芸家ジュゼップ・リョレンス・アルティガスと組んで陶壁の大作を手がけ、彫刻や版画にも活動を広げました。1975年にはバルセロナにミロ財団美術館が開館。1983年12月、マヨルカ島のパルマで90歳の生涯を閉じるまで、遊び心と実験精神を失いませんでした。
画風の特徴:削ぎ落とした記号と、計算された偶然
ミロの絵は一見すると子どもの落書きのようですが、実際には徹底的に計算された画面です。初期には草の一本、動物の毛の一筋まで描き込む驚異的な細密描写を行っており、その観察力を土台に、形を極限まで削ぎ落として記号にたどり着きました。星、三日月、はしご、目玉、鳥、女。同じ記号が繰り返し登場し、独自の文字体系のように機能します。
色数はごく少なく、赤・青・黄の三原色に黒と白を加えた程度。輪郭は太い黒線で描かれ、背景はしばしば何も塗られない地のままです。またミロは、絵具の染みや偶然できた形を出発点にして描き進める方法を好みました。偶然を招き入れ、そこから厳密に構成する。この二段構えが、彼の画面に自由さと強さを同時に与えています。
代表作
- 農園(1921-22年/ワシントン・ナショナル・ギャラリー):故郷モンロッチの農家を、木の一本、道具の一つまで愛情を込めて描き込んだ初期の代表作。作家アーネスト・ヘミングウェイが購入して長く手元に置いたことでも知られます。
- アルルカンの謝肉祭(1924-25年/バッファローAKG美術館〈旧オルブライト=ノックス美術館〉、米国バッファロー):おもちゃ箱をひっくり返したような、奇妙な生きものたちの祝祭。ミロの画面が「記号の宇宙」へ向かう出発点となった、シュルレアリスム期の代表作です。
- 星座(連作、1940-41年):戦火を逃れる日々に描かれた23点の小品連作。星と鳥と女が細い線で結ばれ、画面が星図のように広がります。最も困難な時代に生まれた、最も美しい作品群と評されます。
- 無垢の笑い(1969年/国立国際美術館):1970年の大阪万博ガス・パビリオンのために制作された巨大な陶板壁画。640枚の陶板からなり、幅はおよそ12メートル、高さはおよそ5メートルに及びます。
同時代の画家との関係
パブロ・ピカソとはパリで早くから親交があり、ピカソはミロの作品を購入して支援しました。同じカタルーニャ出身のサルバドール・ダリとはシュルレアリスムを共有しますが、緻密な夢の描写へ向かったダリに対し、ミロは記号と抽象へ進んだ点で対照的です。戦後はアメリカの抽象表現主義の画家たちにも大きな影響を与えました。
日本で見られるか
ミロの作品を常設で見られる場所が日本にあります。大阪の国立国際美術館です。同館は大阪万博のガス・パビリオンにあった陶板壁画《無垢の笑い》を所蔵し、館内の壁面に恒常設置しています。ミロは1969年にこの作品の制作に関わって来日しており、日本と直接つながりのある大作です。なおミロは1966年にも、東京・京都で開かれた自身の回顧展のために来日しています。
見どころ
ミロの絵の前では、同じ記号を画面のなかで探してみてください。星、目玉、はしご、三日月。一度その語彙に気づくと、別の作品を見たときにも同じ記号が読めるようになり、ミロの絵が「言葉」として通じ始めます。もう一つは背景の地の部分です。塗り残されたように見える空間には、実は薄く色が引かれ、微妙なにじみが作られています。何も描かれていない場所こそ、ミロがもっとも時間をかけたところです。
代表作ギャラリー

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)




