フランシス・ベーコン:叫ぶ教皇と歪む肉体、人間存在の底を見つめた20世紀の巨匠
ベラスケスの教皇を「叫ぶ教皇」に変え、歪み、ねじれる肉体を描き続けたフランシス・ベーコン。戦後美術で最も高く評価される画家の一人となった、アイルランド生まれの異才の生涯。
はじめに:見る者を殴りつけるような絵
フランシス・ベーコン(1909-1992)は、アイルランド・ダブリン生まれ、ロンドンで活躍した画家です。密室のような空間で、叫び、歪み、溶けかかる人間の肉体。その絵は決して「美しい」ものではありませんが、戦争と暴力の世紀を生きた人間の実存を、これほど強烈に描いた画家は他にいません。生前から絶大な評価を受け、没後もオークションで美術史上最高額級の記録を打ち立てるなど、20世紀後半を代表する巨匠とされています。
生涯:独学の画家、栄光と喪失
ベーコンは正規の美術教育をほとんど受けず、インテリアデザイナーとして出発した独学の画家です。世に出たのは1944年頃発表の《キリスト磔刑図のための三つの習作》。歪んだ生きものがうごめく三幅対は、戦争末期のロンドンに衝撃を与えました。以後、ベラスケスの教皇像を下敷きにした「叫ぶ教皇」の連作や、恋人ジョージ・ダイアーをモデルにした肖像群を発表します。1971年、パリのグラン・パレでの大回顧展の直前に、ダイアーが滞在先のホテルで命を絶つという悲劇に見舞われ、その死を悼む「黒い三幅対」を描きました。写真や映画のイメージを素材にし、偶然の絵具の飛沫さえ取り込みながら、「神経系に直接触れる」絵画を求め続けた生涯でした。散らかり放題だったロンドンのアトリエは、死後、ダブリンの美術館に丸ごと移設・再現されています。
3つの代表作解説
- ベラスケスの教皇インノケンティウス10世像による習作: 荘厳な教皇の肖像を、檻のような空間で叫ぶ姿に変えた代表連作。権威の崩壊と人間の根源的な恐怖を一枚に凝縮しています。
- キリスト磔刑図のための三つの習作: ベーコンの名を世に知らしめた三幅対。人間とも動物ともつかない生きものの造形は、戦争の時代の空気そのものです。
- ジョージ・ダイアーの三幅対(連作): 恋人の生と死をめぐる肖像群。激しく歪んだ顔貌の奥に、喪失の痛みと愛情が同居します。
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ベーコンが下敷きにした名画についてはディエゴ・ベラスケスの記事でどうぞ。人間の不安を描いた先達エドヴァルド・ムンク、同時代の抽象表現主義と読み比べると、20世紀美術の幅広さが見えてきます。
