オディロン・ルドン:黒の悪夢から色彩の楽園へ、目に見えない世界を描いた幻想の画家

オディロン・ルドン:黒の悪夢から色彩の楽園へ、目に見えない世界を描いた幻想の画家

画家

一つ目の巨人や宙に浮かぶ眼球など「黒(ノワール)」の幻想版画から出発し、50代で一転して色彩の花々を咲かせたオディロン・ルドン。夢と無意識を描き続けた象徴主義の巨匠の生涯。

オディロン・ルドン(1840-1916)は、19世紀後半から20世紀初頭のフランスで活躍した画家・版画家です。目に見える世界ではなく、夢や無意識の領域を描き続け、象徴主義を代表する存在となりました。

生涯:「黒」の時代から色彩の時代へ

1840年4月20日、フランス南西部のボルドーに生まれました。生後まもなく、家族の所有する近郊ペイルルバードの領地に預けられ、病弱な少年時代を孤独に過ごしています。この時期の記憶が、後年の幻想的なイメージの土壌となりました。

ボルドーでは植物学者アルマン・クラヴォーと親しく交わり、顕微鏡下の微生物や植物の世界に触れます。またパリで版画家ロドルフ・ブレダンに学び、緻密な黒の技法を身につけました。1879年に石版画集『夢のなかで』を発表して以降、木炭画と石版画による白黒の作品群、いわゆる「ノワール(黒)」に専念します。1884年、ユイスマンスの小説『さかしま』で作品が言及されたことをきっかけに、世紀末の文学者や芸術家から熱烈な支持を受けました。同年の第1回アンデパンダン展にも参加しています。

1890年代に入ると、パステルと油彩による色彩豊かな作品が急速に増えていきます。1900年にはブルゴーニュの城主ドムシー男爵から城館食堂の装飾を依頼され、大画面の装飾に取り組みました。1910年から11年にかけては南仏フォンフロワド修道院の図書室装飾も手がけています。1916年7月6日、パリで没しました。

画風の特徴

前半生の「ノワール」では、木炭の粉を紙にすり込み、練り消しで抜き取ることで、深い闇の中から像を浮かび上がらせます。宙に浮かぶ眼球、人面の花、微笑む蜘蛛といったイメージは、当時の博物学や顕微鏡観察と切り離せません。後半生ではパステルが中心となり、粉状の顔料を重ねて発色させる技法によって、輪郭の溶けた鮮烈な色面をつくりました。花束、蝶、貝殻、神話や聖書の場面が主題となり、対象は具体的でありながら、背景は最後まで曖昧なままに置かれます。ルドンは、目に見えるものを正確に描く力を土台としたうえで、それを見えないものの表現に用いる、と語られる姿勢を貫きました。

代表作

  • キュクロプス(1914年頃・クレラー・ミュラー美術館、オランダ):眠るニンフを丘の陰から見つめる一つ目の巨人ポリュフェモス。柔らかな色彩と不気味さが同居します。
  • グラン・ブーケ(大きな花束)(1901年・三菱一号館美術館、東京):高さ約2.5メートルのカンヴァスに描かれたパステル画。ドムシー城館の食堂装飾の中心をなした作品です。
  • 眼=気球(1878年・ニューヨーク近代美術館):眼球が気球となって空へ昇る木炭画。ノワール期を象徴する図像です。
  • 眼を閉じて(1890年・オルセー美術館、パリ):目を閉じた顔が水平線の上に浮かぶ、黒から色彩への転換期の作品。
  • ドムシー男爵夫人の肖像(1900年・オルセー美術館):花に囲まれた女性像で、装飾と肖像が融合しています。

同時代の画家との関係

ルドンはモネと同じ1840年生まれですが、屋外の光を描く印象派とは道を分かちました。第1回アンデパンダン展の設立に関わり、そこでスーラらとも接しています。1890年代には、ゴーギャンの影響下に集まった若い画家集団ナビ派のモーリス・ドニやボナールに敬愛され、彼らの先達と目されました。マティスも青年期にルドンを訪ね、その色彩に学んでいます。作家では詩人マラルメと親しく、ユイスマンスやポーの文学世界に触発された版画集を複数残しました。ノワール期の幻想は、後年のシュルレアリスムの画家たちにも参照されています。

日本で見られるか

日本はルドンを鑑賞するのに恵まれた国です。岐阜県美術館(岐阜市)は世界有数のルドン・コレクションで知られ、版画・素描を中心に多数を所蔵し、常設的に紹介しています。三菱一号館美術館(東京・丸の内)は《グラン・ブーケ》を所蔵し、同館コレクションの中核として公開されています。ほかに国立西洋美術館(東京・上野)、ポーラ美術館(神奈川・箱根)、ひろしま美術館(広島)などが作品を持ちます。

見どころ

ノワールの作品では、まず黒の階調を見てください。真っ黒に見える部分にも濃淡があり、そこから顔や眼が滲み出てきます。木炭を紙にこすりつけた痕跡と、消しゴムで抜いた明るい部分の対比が、光と闇の境目をつくっています。パステル作品では、逆に色の粒に注目を。定着させずに置かれた顔料が光を乱反射し、離れて見ると輪郭が空気に溶けていきます。《グラン・ブーケ》は2.5メートルの大画面ですから、少し離れて全体の色の響きを味わい、それから近づいて一輪ずつの花を確かめる、二段構えの見方をおすすめします。

代表作ギャラリー

キュクロプス
キュクロプス1914年頃クレラー・ミュラー美術館
眼=気球
眼=気球1878年ニューヨーク近代美術館
グラン・ブーケ(大きな花束)
グラン・ブーケ(大きな花束)1901年三菱一号館美術館
The Cyclops (Redon)
The Cyclops (Redon)1914年オランダ王国
ヴィーナスの誕生
ヴィーナスの誕生1912年ニューヨーク近代美術館
Les Yeux clos
Les Yeux clos1890年オルセー美術館
Pegasus and the Hydra
Pegasus and the Hydra1907年クレラー・ミュラー美術館
Ophelia with a Blue Wimple in the Water
Ophelia with a Blue Wimple in the Water1900年アムステルダム国立美術館

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)