サルバドール・ダリ:トレードマークの口髭と、夢の無意識を描いたシュルレアリスムの怪人
「溶ける時計」に代表される、誰もが一度見たら忘れられない奇妙な夢の世界を描いたダリ。みずからの天才性をアピールする奇行の数々と、写真のように精密な超写実技法で超現実の世界を作り上げた巨匠の生涯。
サルバドール・ダリ(1904-1989)は、スペイン出身の画家で、シュルレアリスムを代表する存在です。ピンと跳ね上がった口髭、目を見開いた肖像写真、奇矯な言動——彼は自分の生き方そのものを作品にしてしまった人でした。しかし、その背景には古典絵画の技法を徹底して身につけた圧倒的な描写力があり、それが彼の描く「夢の世界」に、写真のような説得力を与えています。
生涯:ガラとの出会い、そして世界的な成功
スペイン北東部カタルーニャの町フィゲラスに生まれました。マドリードのサン・フェルナンド王立美術アカデミーに学び、学生寮では詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカ、映画監督ルイス・ブニュエルと交友を結びます。学業には従わず、教授の資格を認めないと言い放って除籍されました。
1929年、ブニュエルと共同で映画『アンダルシアの犬』を制作し、同じ年にパリのシュルレアリスム運動に合流します。この年、詩人ポール・エリュアールの妻だったガラと出会い、彼女は生涯の伴侶であり、代理人・プロデューサーとなりました。
1930年代、ダリは自ら「偏執狂的批判的方法」と呼ぶ手法を確立します。ひとつの形が別の何かにも見える二重像を意図的に作り出し、無意識の連想を画面に定着させる方法です。しかし政治的立場と商業的成功をめぐって運動の指導者アンドレ・ブルトンと対立し、1939年に決裂しました。第二次大戦中はアメリカへ渡り、1948年にスペインへ帰国。晩年は宗教画や科学をモチーフとした大作に取り組み、1974年には故郷フィゲラスに自らの「ダリ劇場美術館」を開きます。1982年にガラを失い、1989年、フィゲラスで84歳で亡くなりました。
画風の特徴
技法の土台は徹底した古典的写実です。細かな筆で絵具を薄く重ね、筆跡を残さずに物の表面を描き切ります。だからこそ、時計が溶けても、引き出しが人体から飛び出しても、その場面が「実際に見えたもの」として迫ってきます。空間表現も特徴的で、カタルーニャのカダケス周辺の乾いた岩場と海が背景に繰り返し登場し、遠くまで澄んだ光が画面を貫きます。そして二重像——同じ絵柄が、見る角度や意識の向け方によって顔にも風景にも見える仕掛けが、多くの作品に仕込まれています。
代表作
- 記憶の固執(1931年、ニューヨーク近代美術館):静かな海岸の風景に、ぐにゃりと溶けた時計が置かれた最も有名な作品。「画面は24×33センチしかない小品です」
- ゆでた隠元豆のある柔らかい構造(内乱の予感)(1936年、フィラデルフィア美術館):自らを引き裂く巨大な肉体が、スペイン内戦の恐怖を予告するように描かれています。
- 窓辺の少女(1925年、マドリード・ソフィア王妃芸術センター):シュルレアリスムに出会う前、妹アナ・マリアの後ろ姿を描いた静謐な写実画です。
- 十字架の聖ヨハネのキリスト(1951年、グラスゴー・ケルヴィングローヴ美術館):真上から見下ろす異例の視点で十字架のキリストを描いた、後期宗教画の代表作です。
- テトゥアンの大会戦(1962年、諸橋近代美術館):19世紀の戦闘画を下敷きにした3メートル級の大作で、日本にあるダリの大型作品として貴重です。
同時代の作家との関係
学生時代の盟友ルイス・ブニュエルとは『アンダルシアの犬』で映画史に残る仕事をしましたが、のちに絶交しています。詩人ロルカとの深い交友も、ダリの初期を語るうえで欠かせません。シュルレアリスムの理論的指導者アンドレ・ブルトンとは、当初の擁護から一転して激しく対立しました。「若きダリの初渡米(1934年のニューヨーク行き)の旅費を援助しています」同じ運動に属したルネ・マグリットとは、夢の描き方が対照的です。マグリットが日常の物を静かにずらすのに対し、ダリは肉体と時間そのものを歪ませました。
日本で見られるか
福島県北塩原村、裏磐梯の五色沼入口に建つ諸橋近代美術館が、絵画・彫刻・版画にわたる世界有数のダリ・コレクションを持ち、《テトゥアンの大会戦》《ビキニの3つのスフィンクス》などを所蔵しています。ただし同館は施設の老朽化にともなう改修のため長期休館中で、2027年4月頃の再開が予定されています。訪問の際は最新の開館情報を必ず確認してください。
見どころ
まず絵の小ささに驚いてください。《記憶の固執》をはじめ、ダリの代表作には意外なほど小さな画面のものが少なくありません。その小さな画面に、遠景の岩場まで一つひとつ描き込まれています。次に、画面のどこかに隠れた二重像を探すこと。人の顔に見えていたものが、離れると建物に変わることがあります。そして影の落ち方に注目を。ダリの絵では、光源が現実には成立しない位置にあることが多く、その違和感こそが「夢の中の風景」という感覚を生んでいます。
代表作ギャラリー


作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)

