パブロ・ピカソ:顔がバラバラ?常識を壊して世界を描き直した破壊と創造の巨匠

パブロ・ピカソ:顔がバラバラ?常識を壊して世界を描き直した破壊と創造の巨匠

画家

なぜ彼はあんな「変な絵」を描いたのか?実は超絶技巧の持ち主だったピカソが、誰も見たことのない新しい絵画を発明するまでの物語。

はじめに:ピカソの絵は「子供の落書き」ではない

パブロ・ピカソ(1881-1973)は、スペインに生まれフランスで活躍した画家です。その絵を見て「顔が歪んでいる」「子供の落書きみたいだ」と思ったことはありませんか。しかしピカソは10代半ばの時点で、写真のように正確な絵を描ける「超絶技巧」の持ち主でした。「写真のように描けるなら、絵画にしかできない表現とは何か」——その問いを生涯追求し、美術の歴史を根本から破壊して再構築したのがピカソなのです。

生涯:マラガの神童から20世紀最大の画家へ

1881年、スペイン南部アンダルシア地方のマラガに生まれました。父ホセ・ルイス・ブラスコは美術学校の教師で、幼いピカソに絵の手ほどきをしています。一家は各地を移り、1895年にバルセロナへ。市の美術学校(ロンハ)に学び、1897年にはマドリードの王立サン・フェルナンド美術アカデミーへ進みました。

1900年に初めてパリを訪れ、1904年からはモンマルトルの共同アトリエ「洗濯船(バトー・ラヴォワール)」に住みつきます。親友カサジェマスの死をきっかけに青一色で貧者や盲人を描いた「青の時代」、続いてサーカスの芸人を柔らかな色調で描いた「ばら色の時代」を経て、1907年の《アヴィニョンの娘たち》で決定的な一歩を踏み出しました。「第一次世界大戦中の1917年からバレエ・リュスの舞台美術に関わり、戦後は重厚な「新古典主義の時代」へ。」1937年に《ゲルニカ》を制作し、大戦中もパリにとどまります。戦後は南フランスに拠点を移して陶芸や版画にも取り組み、1973年、南仏ムージャンで91歳の生涯を閉じました。

絶対に知っておきたい!3つの見どころ

1. 視点の革命「キュビスム(立体派)」の発明

ルネサンス以降の約400年間、絵画は「一つの視点から見た風景を、遠近法でリアルに描く」ことが絶対のルールでした。しかしピカソは対象をバラバラのパーツに分解し、「正面から見た目」「横から見た鼻」など複数の視点から得た情報を、1つの平面にパズルのように組み立て直したのです。これにより絵画は「現実のコピー」から自由になりました。

2. 時代とともに劇的に変わる作風

普通の画家は一生かけて一つのスタイルを極めますが、ピカソは数年単位で作風をガラリと変えました。自分が作り上げたスタイルを自ら破壊しては新しいものを生み出す、その圧倒的なエネルギーが真骨頂です。

3. 平和への強烈なメッセージ『ゲルニカ』

ピカソの最高傑作と呼ばれるのが、縦約3.5m、横約7.8mに及ぶ《ゲルニカ》です。スペイン内戦中、ナチス・ドイツの部隊を中心とする無差別爆撃を受けたバスク地方の町ゲルニカの惨状に怒ったピカソが、1937年のパリ万国博覧会スペイン館のために描き上げました。泣き叫ぶ母親やいななく馬を白・黒・グレーだけで描いたこの作品は、20世紀を代表する反戦のシンボルとして、いまもマドリードのソフィア王妃芸術センターでメッセージを放ち続けています。

代表作

  • 《科学と慈愛》(1897年、バルセロナ・ピカソ美術館蔵):病人の脈をとる医師と修道女。10代の写実力を示す一枚。
  • 《アヴィニョンの娘たち》(1907年、ニューヨーク近代美術館蔵):仮面のような顔と角ばった身体。キュビスムの出発点です。
  • 《ゲルニカ》(1937年、マドリード・ソフィア王妃芸術センター蔵):20世紀美術で最も知られた反戦画。
  • 《泣く女》(1937年、ロンドン・テート・モダン蔵):恋人ドラ・マールをモデルに、悲嘆を色面へ砕いた作品。

同時代の画家との関係

キュビスムはピカソひとりの発明ではなく、フランスの画家ジョルジュ・ブラックとの共同作業から生まれました。二人は数年にわたり作品を見せ合い、署名を控えるほど接近して制作しています。自然を円筒や球として捉えよと説いたセザンヌの絵、そしてアフリカやイベリアの彫刻も、この造形革命を準備した源泉でした。色彩の革新者マティスとは生涯の良きライバルであり、互いの作品を交換するほど敬意を払い合った間柄です。

日本で見られるか

ピカソは日本国内でも比較的出会いやすい画家です。神奈川県箱根町の彫刻の森美術館には「ピカソ館」があり、絵画・陶芸・版画をまとめて見られます。同じ箱根のポーラ美術館も《海辺の母子像》をはじめ複数点を所蔵。東京では国立西洋美術館が《男と女》《アトリエのモデル》などを、アーティゾン美術館がキュビスム期の静物などを収めています。西日本では岡山の大原美術館が《鳥籠》を、広島のひろしま美術館が青の時代の《酒場の二人の女》などを所蔵します。展示替えがあるため、来館前に公開状況をご確認ください。

初心者が楽しむための鑑賞のコツ

  • 「何が描かれているか」を当てようとしない:形を正確に読み解く必要はありません。音楽を聴くように、線のリズムや色の重なりを感覚的に楽しむのがおすすめです。
  • 初期の作品を見てみる:「ピカソの凄さがわからない」と思ったら、10代の写実的な絵を見てください。基礎画力の高さに驚くはずです。
  • 実物では絵具の厚みを見る:画集では平坦に見える面も、実際には塗り重ねの層があり、迷いと決断の跡が残っています。

まとめ

91歳で亡くなるまでに残した作品は版画や挿絵まで含めておよそ15万点とも言われ、「最も多作な画家」としてギネス世界記録にも挙げられています。その作品は、世界は一つの見方だけではないと私たちに教えてくれます。