安田侃:触れて、腰かけていい大理石
つるりと磨かれた白大理石に、人が触れ、寄りかかり、子どもがよじ登る。安田侃の彫刻は「見るもの」ではありません。廃校になった炭鉱の学校跡地に広がるアルテピアッツァ美唄が、その思想の到達点です。札幌駅の《妙夢》も彼の作品です。
安田侃(1945-)は、大理石とブロンズによる抽象彫刻で知られる彫刻家です。イタリアを拠点に半世紀以上活動を続け、日本各地の駅や広場に、誰でも触れられる作品を置いてきました。
経歴
1945年、北海道美唄市に生まれました。当時の美唄は炭鉱の町として栄え、多くの人でにぎわっていました。東京藝術大学で彫刻を学び、大学院を修了したのち、1970年にイタリア政府給費留学生として渡欧します。
ローマのアカデミア美術学校で学んだあと、大理石の産地として名高いトスカーナ地方のピエトラサンタにアトリエを構えました。ミケランジェロが石を選んだ土地です。以後、この地を制作の拠点としながら、故郷・北海道との往復を続けてきました。
作風と手法
安田の彫刻には、具体的なモチーフがありません。人でも動物でもない、丸みを帯びた有機的なかたち。中心に穴が空いていたり、面がやわらかくうねっていたりします。
大きな特徴は、表面を徹底的に磨き上げることです。白大理石は絹のようにすべすべになり、手のひらを当てると石とは思えないほど温かく感じられます。だから安田は、作品に触れることを禁じません。むしろ触れてほしい、腰かけてほしい、寝転がってほしいと考えています。
「彫刻は目で見るものではなく、からだで感じるもの」――この一貫した姿勢が、美術館の展示台の上ではなく、駅や広場や野原に作品を置くという選択につながっています。
主な作品
- 《妙夢》:JR札幌駅西コンコースに設置された白大理石(イタリア・カラーラ産)の彫刻。中央に大きな穴が開いた形で、札幌市民の待ち合わせ場所として定着しています。
- アルテピアッツァ美唄(1992年開設):北海道美唄市。閉校した小学校とその敷地を、安田自身が構想して野外彫刻美術館に転換しました。2016年に博物館法にもとづく美術館となっています。
- 《意心帰》ほか:東京ミッドタウン(東京都港区)など、都市空間に大型作品が設置されています。
- 山形県酒田市、茨城県日立市のほか、イタリアのミラノ・フィレンツェ、オーストラリア、イギリスにも作品が置かれています。
国際的な評価
イタリアを拠点に活動してきた日本人彫刻家として、欧州の都市空間に多数の恒久作品を残してきました。ミラノやフィレンツェといった歴史的な街の広場に作品が受け入れられていることは、素材と造形の質が現地で評価されている証拠でもあります。日本では芸術選奨文部大臣新人賞や北海道文化賞、文化庁長官表彰などを受けています。
日本で見られる場所
最重要の目的地は安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄(北海道美唄市落合町栄町)です。炭鉱の閉山で廃校になった旧栄小学校の木造校舎と、その周囲の広い野原一帯が、まるごと美術館になっています。
芝生の斜面に白大理石の彫刻が点在し、囲いもロープもありません。子どもが作品によじ登り、大人が石に腰かけて何時間も過ごす。冬には雪に埋もれ、春には水盤に空が映る。四季でまったく違う顔を見せる場所です。木造校舎の内部もギャラリーとして使われており、床のきしむ音を聞きながら作品を見て回ります。入館は無料で、JR美唄駅からバスかタクシーでアクセスできます。
もっと手軽に会いたければJR札幌駅へ。コンコースに置かれた《妙夢》は、日々何万人もの人が横を通り過ぎていく彫刻です。東京ミッドタウン(東京都港区赤坂)にも安田の大型作品があり、こちらも自由に触れることができます。
見どころ
安田侃の作品は、必ず手で触ってください。写真では絶対に伝わらないのが、磨かれた大理石の肌の感触です。ひんやりしているようで、しばらく手を当てているとこちらの体温が返ってくる。石という硬いものが、これほど人を受け入れる素材だったのかと驚くはずです。アルテピアッツァ美唄では、時間を気にせず野原を歩き回るのが正しい過ごし方です。