我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか:ゴーギャンが遺書として描いた大作
- 作者
- ポール・ゴーギャン
- 制作年
- 1897-98年
- 所蔵
- ボストン美術館
- 所在地
- アメリカ・ボストン
タヒチで病と困窮に追い詰められたゴーギャンが、死を覚悟して描いた幅3.7メートルの大作です。右から左へ、誕生から死までを辿る構成と、画面に直接書き込まれた題名が特徴。ボストン美術館のギャラリー255で公開されています。
幅3メートル75センチの横長の画面に、赤ん坊から老女までの人物が並びます。ポール・ゴーギャンの《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》は、タヒチで心身ともに追い詰められた画家が、遺書のつもりで描き上げた大作です。実物はアメリカのボストン美術館にあります。
《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》とは
原題はD'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?。1897年から98年にかけて制作された油彩・カンヴァスで、寸法は139.1×374.6センチ、ボストン美術館の所蔵番号は36.270、トンプキンズ・コレクション(アーサー・ゴードン・トンプキンズ基金)による購入です。同館に入ったのは1936年でした。
画面の左上には、句読点を省いた形で題名そのものが書き込まれています。問いを絵に直接書き付けるという異例の手法が、この作品の性格をよく表しています。
どこで見られる?
- 所蔵先:ボストン美術館(Museum of Fine Arts, Boston)
- 都市:アメリカ・マサチューセッツ州ボストン(ハンティントン・アベニュー沿い)
- 展示室:ギャラリー255(シドニー・アンド・エスター・ラブ・ギャラリー)。ヨーロッパ近代絵画の展示区画にあります
- 予約の要否:入館券が必要です。公式サイトで時間指定のチケットを事前に予約しておくのが確実です
- 注意点:大型作品のため館外への貸出は稀ですが、展示替えの可能性はあります。訪問前に公式サイトの作品ページで在館を確認してください
開館時間や入館料は所蔵館の公式サイトで確認してください。
見どころ3選
- 右から左へ読む:この絵は右端の赤ん坊から左端の老女へと進みます。誕生、生、そして死という人生の三段階が、一枚の画面に順番に収められています
- 中央で果実を摘む人物:画面のほぼ中心で腕を伸ばして果実を摘む姿は、旧約聖書のエヴァを思わせます。西洋の宗教的な主題とタヒチの風景を重ね合わせた点が、この作品の核心です
- 背景の青い偶像:左寄りの奥に立つ青い像を、ゴーギャンは彼方を指し示すものだと説明しました。特定の神ではなく、人が死後に向かう領域の象徴として置かれています
描かれた背景
ゴーギャンは1891年、理想の楽園を求めてフランスを離れタヒチへ渡りました。しかし現地はすでにフランスの植民地として近代化が進み、期待した手つかずの世界はありません。加えて健康の悪化と困窮が重なり、1897年にはコペンハーゲンにいた娘アリーヌの死の報せが届きます。
友人の画家ダニエル・ド・モンフレイに宛てた手紙で、ゴーギャンは死を決意したこと、そしてその前に自らの思索の総決算となる大画面を仕上げるつもりだと書きました。実際に作品を完成させたのち、彼はヒ素を用いて自ら命を絶とうとしますが、死には至りませんでした。この経緯があるため、本作はしばしば画家の遺書と呼ばれます。
ゴーギャンは一度タヒチからフランスへ戻り、1895年にふたたび南太平洋へ渡っていました。西洋の美術市場で認められないまま、それでも自分の求める表現は熱帯の島にしかないと信じ続けた末の制作です。人物の輪郭を太く取り、遠近法よりも色面の並びで画面を構成するやり方は、のちの二十世紀絵画に大きな影響を残しました。
作品は完成後にフランスへ送られ、いくつかの持ち主を経て、1936年にニューヨークの画廊からボストン美術館が購入します。ゴーギャンの死から30年余りのちのことでした。
まとめ
三つの問いを掲げたこの絵は、答えを示すのではなく、見る人に問いをそのまま投げ返してきます。ボストン美術館のギャラリー255では、横4メートル近い画面の前に立ち、右から左へ視線を運ぶ時間そのものが体験になります。ゴーギャンの晩年の事情を知ってから対面すると、受ける印象は大きく変わるはずです。


