グランド・オダリスク:美しい輪郭線のために背骨を伸ばした裸婦

グランド・オダリスク:美しい輪郭線のために背骨を伸ばした裸婦

名画
作者
ドミニク・アングル
制作年
1814年
所蔵
ルーヴル美術館
所在地
フランス・パリ

ドミニク・アングルが1814年にローマで描いた縦0.91メートル、横1.62メートルの油彩画。ナポレオンの妹カロリーヌ・ミュラの注文で制作され、解剖学的な正確さより輪郭線の美しさを優先した背中が特徴です。ルーヴル美術館ドゥノン翼702番展示室で見られます。

《グランド・オダリスク》は、ドミニク・アングルが1814年に描いた油彩画です。ナポレオンの妹でナポリ王妃だったカロリーヌ・ミュラの注文により、当時ローマに滞在していた画家が手がけました。トルコ風の室内で背中をこちらに向けて横たわる女性の姿は、新古典主義の枠のなかから生まれながら、明らかにその規範をはみ出しています。

《グランド・オダリスク》とは

ルーヴル美術館での正式な題名は《オダリスク、通称グランド・オダリスク》、原題はUne odalisque, dite La grande odalisqueです。制作年は1814年、技法は油彩・カンヴァス、寸法は縦0.91メートル、横1.62メートル、所蔵番号はRF 1158。「オダリスク」はオスマン帝国のハレムに仕えた女性を指す言葉で、19世紀のヨーロッパでは異国への憧れをかき立てる題材でした。ターバン、孔雀の羽の扇、足元に置かれた水煙管、豪奢な織物といった小道具は、いずれも画家が実際に見たことのない東方のイメージを組み立てるために置かれたものです。アングルはこのとき、ローマ賞を得てイタリアに渡り、そのまま長く現地にとどまっていた時期にあたります。作品は1819年のサロンに出品され、その後ルーヴルが1899年に購入して現在の場所に収まっています。

どこで見られる?

  • 所蔵先:ルーヴル美術館 絵画部門
  • 都市:フランス・パリ
  • 展示室:ドゥノン翼 1階(Level 1、日本式の数え方では2階)702番展示室「ダリュ室」
  • 予約の要否:予約は必須ではありませんが、公式サイトでの時間指定オンライン予約が推奨されています。火曜日は休館です。

開館時間や入館料は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • 引き伸ばされた背中:腰から背中にかけての曲線は、人体の構造から見ると明らかに長すぎます。アングルは解剖学的な正しさよりも、途切れずに流れる輪郭線の美しさを優先しました。1819年のサロンでは批評家から「背骨が3本多い」と評されたと伝えられており、当時の観客がこの変形にどれほど戸惑ったかが分かります。
  • 質感の描き分け:頭に巻かれたターバンの布、孔雀の羽で作られた扇、足元の毛皮、背後の重いカーテン、そして肌。素材ごとに異なる触り心地が、エナメルのように滑らかで筆跡の見えない絵肌のなかで描き分けられています。
  • 振り返る視線:背中を向けたまま顔だけをこちらへ回すポーズによって、拒絶と誘いが同時に成立しています。表情は感情を読み取らせず、この距離感こそが作品を長く語り継がせてきました。

描かれた背景

アングルがこの絵を描いた1814年は、ナポレオン帝国が崩れていく年でした。注文主のカロリーヌ・ミュラはその渦中にあり、画家自身もローマで自分の様式を模索していた時期にあたります。師のダヴィッドが確立した新古典主義は、明快な輪郭線と古代彫刻に学んだ理想的な人体を旨としていましたが、アングルはそこに異国趣味の小道具と、理想化を通り越した変形を持ち込みました。しかも背景の空間はごく浅く、女性の身体はほとんど壁のように画面と平行に置かれています。奥行きを削ることで、輪郭線の描く曲線だけが際立つ仕掛けです。1819年のサロンでの評価は芳しくなく、非難の的になったのは主にこの人体の歪みでした。裸婦を描くのであれば神話の女神として描くのが当時の作法でしたが、この女性は女神でも寓意でもなく、名前をもたない一人の異国の女性として横たわっています。しかし20世紀に入ると、目的のために形を自由に扱うこの態度が、近代絵画の抽象化を先取りするものとして再評価されました。ピカソやマティスをはじめ、多くの画家がこの一枚を出発点に自分の裸婦像を考えています。

まとめ

《グランド・オダリスク》は、正確さより美しさを選んだ画家の判断がそのまま画面に残っている作品です。ルーヴルのドゥノン翼702番展示室では、同じ部屋に掛かるダヴィッドの《ナポレオン一世の戴冠式》と並べて見ることができます。師と弟子、公的な歴史画と私的な裸婦像という対比のなかで、アングルの選択の大胆さが際立ちます。実物は縦0.91メートル、横1.62メートルと、想像より小ぶりに感じられるかもしれません。近づいて絵肌を確かめると、筆の跡がほとんど残っていないことに驚かされます。