もの派:石ころと鉄板が問いかけた、「作らない」芸術

もの派:石ころと鉄板が問いかけた、「作らない」芸術

歴史

1960年代末の日本で、石、木、鉄板、紙などの「もの」をほぼ加工せずに提示する作家たちが現れました。関根伸夫の「位相―大地」に始まる「もの派」は、いま世界で最も注目される日本発の美術動向です。

はじめに:巨大な穴と円柱が変えた美術史

もの派とは、1960年代末から70年代初頭の日本で、石や木、鉄板、ガラスといった素材(もの)をほとんど加工せず、その配置や関係性そのものを作品とした作家たちの動向です。出発点は1968年、関根伸夫が神戸の公園に深さ2.7メートルの円筒形の穴を掘り、掘り出した土をそのまま同じ形の円柱として立ち上げた「位相―大地」でした。

時代背景:「作ること」への疑い

高度経済成長と大阪万博前夜、物と情報があふれ始めた日本。世界的にも、ミニマル・アートやアルテ・ポーヴェラなど、芸術家の手技や自己表現を疑う動きが同時多発していました。もの派の作家たちは「新しいイメージを作る」ことをやめ、ものと空間、ものと人の出会いをあるがままに提示することを選びます。西洋近代の「創造」概念への、東洋からの根源的な問い直しでした。

絶対に知っておきたい!3つのポイント

1. 関根伸夫「位相―大地」——始まりの穴

掘る前と掘った後で、大地の総量は何も変わっていない。ただ「位相」が変わっただけ——。数学の概念を借りたこの作品は、作ることと在ることの境界を揺さぶりました。

2. 李禹煥——もの派の思想家

韓国出身の李禹煥(リ・ウファン)は、石と鉄板を対峙させる「関係項」シリーズで知られ、理論家としてもの派の思想を支えました。直島には安藤忠雄設計の李禹煥美術館があり、その世界を体感できます。

3. 世界が再発見した「Mono-ha」

長く国内でも評価が分かれたもの派は、2010年代以降、欧米の主要美術館や市場で「Mono-ha」として急速に再評価されました。日本発の美術理論が世界標準の美術史に書き込まれた、数少ない例です。

まとめ

もの派は「何も作っていないように見える」からこそ、見る側の思考を最大限に働かせる芸術です。石と鉄板の前で立ち止まって考える時間そのものが、作品の一部なのです。