新版画と創作版画:大正・昭和、木版画ルネサンスの二つの道
浮世絵の衰退後、日本の木版画は二つの道で蘇りました。伝統の分業制で叙情的風景を極めた「新版画」と、画家が自ら彫り摺る「創作版画」。大正・昭和の版画復興をたどります。
はじめに:浮世絵の遺伝子は死ななかった
明治以降、写真や石版印刷に押されて浮世絵は衰退しました。しかし大正時代、日本の木版画は二つの潮流として蘇ります。一つは、版元・絵師・彫師・摺師の分業という浮世絵の制作システムを受け継いだ「新版画」。もう一つは、画家が自ら描き、彫り、摺るまでを一貫して行う「創作版画」です。
時代背景:失われゆく日本と、個の表現の時代
急速な近代化で江戸の面影が消えていく大正・昭和初期。版元・渡邊庄三郎は、失われゆく日本の風景を最高の職人技で版画にする新版画運動を興し、その市場は皮肉にも主に海外にありました。一方、西洋から個人主義的な芸術観が流入し、「自画・自刻・自摺」にこだわる創作版画運動が同時に進行します。二つの道はときに対立しながら、日本版画の水準を世界的な高みに引き上げました。
絶対に知っておきたい!3つのポイント
1. 川瀬巴水——「旅情の詩人」
新版画の代表者・川瀬巴水は、雪の増上寺や夜の池之端など、旅情あふれる風景版画を千点近く残しました。スティーブ・ジョブズが愛したコレクションとしても知られ、海外では「昭和の広重」と呼ばれます。
2. 橋口五葉と美人画の近代
「髪梳ける女」の橋口五葉は、浮世絵の美人画の伝統に西洋的な写実を融合させ、新版画の美人画に気品ある近代性をもたらしました。夭折が惜しまれる才能です。
3. 棟方志功へ続く創作版画の道
山本鼎が提唱した創作版画運動は、恩地孝四郎らの抽象表現を経て、やがて棟方志功の「板画」で世界に届きました。版画が「複製」ではなく「表現」になった道のりです。
まとめ
新版画と創作版画は、伝統工芸と近代芸術という二つの顔を持つ日本版画の豊かさそのものです。巴水の叙情も志功の力強さも、根っこには浮世絵以来の木版の遺伝子が流れています。

