李禹煥:石と鉄板の「関係」を提示する、もの派の思想家

李禹煥:石と鉄板の「関係」を提示する、もの派の思想家

画家

韓国に生まれ日本で「もの派」を理論的に支え、いまや世界の主要美術館が個展を開く李禹煥。石と鉄板を対峙させる「関係項」と、一筆の点や線が生む余白の絵画をたどります。

はじめに:つくらない、出会わせる

李禹煥(リ・ウファン、1936-)は、韓国・慶尚南道に生まれ、日本を拠点に活動してきた美術家・思想家です。1960年代末、石や鉄板などの素材をほとんど加工せず提示する「もの派」の中心人物として登場し、その理論的支柱となりました。絵画では、一筆の点や線と広大な余白による静謐な画面を探求し続けています。

生涯:ソウルから東京へ、そして世界へ

幼少期に漢学と書、水墨を学んだことが、後年の作品の根にあります。ソウル大学校美術大学に入学するもまもなく中退し、1956年に来日。日本大学文理学部で哲学を修めました。画家としてではなく哲学の徒として出発した経歴は、彼の仕事を考えるうえで決定的です。

1968年頃から石・鉄板・ガラスといった素材をそのまま用いる作品を発表しはじめ、関根伸夫の《位相-大地》をめぐる論考などを通じて、後に「もの派」と呼ばれる動向に理論的な言葉を与えました。1969年に発表した評論「事物から存在へ」、1971年の著書『出会いを求めて』は、当時の日本美術批評に大きな衝撃を与えています。1970年代以降は多摩美術大学で長く教鞭を執り、パリにも制作拠点を構えました。2011年にはニューヨークのグッゲンハイム美術館で大規模な回顧展が開かれ、2014年にはヴェルサイユ宮殿の庭園で個展を実現しています。

画風の特徴:最小限の行為と、余白という場

李禹煥の制作原理は「つくりすぎない」ことに尽きます。彫刻では素材を加工せず、選び、置き、関係させるだけ。絵画では、岩絵具や顔料を含ませた幅広の筆で点や線を置き、絵具が尽きるまで反復します。筆圧の減衰がそのまま濃淡になるため、画面には時間の経過が物理的に刻まれるのです。近年の「対話」シリーズでは、広大な白い画面に灰色がかった大きな一筆だけが置かれ、余白の比率がさらに高まりました。彼にとって余白は「何もない場所」ではなく、描かれたものと響き合う「開かれた場」です。東アジアの水墨と書の伝統を、現代美術の言語で問い直した仕事だと言えます。

代表作

  • 「関係項(Relatum)」シリーズ(1968年〜)——自然の石と工業製品の鉄板を並べ置く彫刻。自然と人工、重さと広がり、置かれた場との緊張が、見る者の思考を静かに起動します。以後半世紀にわたり展開され、世界各地の美術館や屋外に設置されています。
  • 「点より」「線より」(1972-1984年頃)——青い岩絵具を含ませた筆で点や線を反復し、絵具が尽きるまで置き続けた絵画連作。描く行為そのものが画面に堆積しています。
  • 「風より」「風と共に」(1980年代)——制御された反復から一転して、筆が奔放に走る連作。静と動の振幅を示します。
  • 「照応(Correspondance)」(1990年代〜)——大きな白い画面に灰青色の点をわずかに置いた作品群。余白の力が最大化されています。

同時代の作家との関係

もの派の同時代作家には、関根伸夫、菅木志雄、吉田克朗、成田克彦らがいます。李禹煥は自ら作品を発表しつつ、彼らの実践に理論的な枠組みを与える役割を担いました。世界的な文脈では、イタリアのアルテ・ポーヴェラや、アメリカのミニマル・アートと同時代性を持ちながら、素材を「関係」として捉える点で一線を画します。また韓国では、同世代の単色画(タンセクファ)の作家たちと交流し、その海外紹介にも関わりました。

日本で見られるか

李禹煥は日本を主要な活動拠点としてきたため、国内で作品に会う機会は豊富です。最大の場所は香川県直島の李禹煥美術館(安藤忠雄設計、2010年開館)で、半地下の空間に「関係項」と絵画がまとめて展示されています。ほかに東京国立近代美術館国立国際美術館(大阪)、兵庫県立美術館などが作品を所蔵。2022年には国立新美術館と兵庫県立美術館で大規模な回顧展が開かれました。屋外設置の彫刻も各地にあります。

見どころ:実物の前で何を見るか

「関係項」の前では、石と鉄板の「あいだ」を見てください。作品は物体ではなく、二つのものと自分が立つ床と壁とがつくる関係そのものです。一歩近づき、一歩下がってみると感じ方が変わる——その変化自体が作品です。絵画では一筆の始まりと終わりを追ってください。どこで筆を下ろし、どこで絵具が尽きたか。そこに費やされた時間が見えてきます。そして白い部分を見る時間を意識的に取ること。余白こそが主役だと気づいたとき、この作家の世界が開きます。

まとめ

李禹煥は、「つくること」への疑いから出発して、見ることの豊かさへたどり着いた作家です。もの派の思想を体感する入口として、そして東アジアから世界へ発信された現代美術の到達点として、必見の存在です。