ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー:光と大気を溶かし込み、抽象絵画を1世紀先取りしたイギリスの風景画家

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー:光と大気を溶かし込み、抽象絵画を1世紀先取りしたイギリスの風景画家

画家

嵐の海や燃え上がる議事堂を、形が溶け出すような光と色彩の渦として描いたターナー。理髪師の息子から王立芸術院の重鎮へと駆け上がり、印象派や抽象絵画を先取りした「光の預言者」の生涯。

ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)は、イギリスの画家です。光と大気そのものを主題にした風景画で知られ、ロマン主義を代表する存在とされます。

生涯:理髪師の息子から、王立アカデミーの重鎮へ

1775年、ロンドンのコヴェント・ガーデンに理髪師兼かつら職人の子として生まれました。父は息子の水彩画を店先に並べて売っていたと伝わります。14歳で王立アカデミー付属美術学校に入学し、翌年には早くも展覧会に水彩を出品しました。24歳で準会員、26歳で正会員に選出されるという異例の速さで昇進し、のちにアカデミーで遠近法の教授も務めています。

生涯を通じてイギリス各地とヨーロッパ大陸を旅し、膨大なスケッチブックを残しました。とくに1819年の初めてのイタリア旅行と、その後たびたび訪れたヴェネツィアの光は、彼の色彩を大きく明るくします。私生活はほとんど語らず、晩年はチェルシーで「ブース氏」という別名を使って暮らしていました。1851年、76歳で没し、セント・ポール大聖堂に埋葬されています。

遺言により、手元に残した作品の大半が国家に遺贈されました。この「ターナー遺贈」は油彩約300点、紙作品約3万点にのぼり、現在はロンドンのテート・ブリテンが管理しています。

画風の特徴

初期は先行するクロード・ロランやオランダ海景画に学んだ、堅実な構図の風景画を描きました。しかし次第に、輪郭が渦の中に溶け、画面の中心が光の塊になる表現へ進みます。白や黄色を下地に置き、その上に薄い色を重ねて内側から発光させる手法を多用しました。主題は嵐、火災、雪崩、蒸気機関車など、人間の力を超えるものや近代の速度に向けられています。水彩の経験が油彩にも生かされ、絵具を拭き取ったり掻き取ったりした跡も画面に残ります。

代表作

  • 解体されるために最後の停泊地に曳かれるファイティング・テメレール号(1839年/ロンドン・ナショナル・ギャラリー):帆船の時代の終わりを夕景に重ねた作品です。
  • 雨、蒸気、速度――グレート・ウェスタン鉄道(1844年/ロンドン・ナショナル・ギャラリー):豪雨の中を走る機関車。近代の速度を主題にした早い例です。
  • 国会議事堂の火災(1835年/フィラデルフィア美術館、クリーヴランド美術館):1834年の実際の火災を目撃して描いた2点の油彩です。
  • 奴隷船(1840年/ボストン美術館):奴隷を海に投げ込んだ実際の事件を主題にした告発的な作品です。
  • 吹雪――港の沖合の蒸気船(1842年/テート):ほぼ全面が渦になった、抽象度の高い後期の代表作です。

同時代の画家との関係

同世代のジョン・コンスタブルとは、同じイギリス風景画でありながら方向が対照的で、王立アカデミーの展示室でしばしば作品を並べられ比較されました。若い批評家ジョン・ラスキンはターナーを全面的に擁護し、『近代画家論』の出発点としています。後年、普仏戦争を避けてロンドンに亡命していたモネとピサロがそこでターナーの作品を見たことは、印象派の光の表現との関連でよく指摘されます。

日本で見られるか

東京富士美術館が《ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号》などの油彩を所蔵しています。郡山市立美術館はイギリス美術のコレクションを持ち、《サン・ゴタール峠の下り道》などの水彩を所蔵しています。ただし主要な油彩の大半はテート・ブリテンにあり、まとまって見るには来日展を待つことになります。

見どころ

画面のいちばん明るい部分に目を置いてください。多くの作品でそこは何も描かれておらず、下地の白がそのまま光になっています。次に、その周囲がどう暗くなっていくかを追うと、渦の構造が見えてきます。近寄って絵具の表面を見れば、筆だけでなくナイフや指、布で操作された跡が残っています。水彩と油彩が並ぶ展示なら、両者の技法が行き来していることも確かめられます。

代表作ギャラリー

雨、蒸気、速度――グレート・ウェスタン鉄道
雨、蒸気、速度――グレート・ウェスタン鉄道1844年ロンドン・ナショナル・ギャラリー
戦艦テメレール号
戦艦テメレール号1839年ロンドン・ナショナル・ギャラリー
吹雪――港の沖合の蒸気船
吹雪――港の沖合の蒸気船1842年テート・ブリテン
奴隷船
奴隷船1840年イギリス
カルタゴを建設するディドー
カルタゴを建設するディドー1815年ナショナル・ギャラリー
トラファルガーの海戦 (ターナー)
トラファルガーの海戦 (ターナー)1823年国立海事博物館
Snow Storm: Steam-Boat off a Harbour's Mouth
Snow Storm: Steam-Boat off a Harbour's Mouth1842年ボストン美術館
吹雪、アルプスを越えるハンニバルとその軍勢
吹雪、アルプスを越えるハンニバルとその軍勢1812年テイト・ブリテン

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)