マサッチオ:遠近法と重力を絵画に与えた、27歳で消えたルネサンスの起爆剤

マサッチオ:遠近法と重力を絵画に与えた、27歳で消えたルネサンスの起爆剤

画家

ブランカッチ礼拝堂の「楽園追放」と「貢の銭」で、人物に重さと影を、空間に奥行きを与えたマサッチオ。わずか27年の生涯で、レオナルドもミケランジェロも学んだ「絵画の教室」を残しました。

はじめに:ルネサンス絵画はここから始まる

マサッチオ(1401-1428頃)は、初期ルネサンスのフィレンツェの画家です。ジョットが開いた写実への道を、建築家ブルネレスキの線遠近法と彫刻家ドナテッロの人体表現を吸収して一気に推し進め、「近代絵画の父」とも呼ばれます。活動期間はわずか6年ほど。27歳前後で急逝しましたが、その影響は計り知れません。

生涯:27年の全速力

フィレンツェ近郊のサン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノに、公証人の子として生まれました。本名はトンマーゾ・ディ・セル・ジョヴァンニ。「マサッチオ」は「大きなトンマーゾ」あるいは「無頓着なトンマーゾ」を意味するあだ名で、ヴァザーリによれば身なりや金銭に全く関心を払わない人物だったといいます。1422年、21歳でフィレンツェの医師薬種商組合(画家が所属する組合)に登録し、独立した画家となりました。

年長の画家マゾリーノ・ダ・パニカーレとしばしば共同で仕事をし、二人が並んで描いた作品は、優美な国際ゴシック様式(マゾリーノ)と重量感のある新様式(マサッチオ)を同じ壁で見比べられる稀有な教材になっています。1424年頃からブランカッチ礼拝堂に着手、1427年頃にはサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂の《聖三位一体》を完成させました。しかし1428年、仕事のため滞在していたローマで急死。死因は不明で、毒殺説も囁かれました。ブランカッチ礼拝堂は未完のまま残され、半世紀以上のちにフィリッピーノ・リッピが完成させています。

画風の特徴:光と重さを絵に持ち込む

マサッチオの革新は三つに整理できます。第一に単一光源。画面のなかで光がどこから来るかを一つに定め、すべての人物と物に同じ方向の影を落としました。ブランカッチ礼拝堂では、実際の窓の位置に合わせて絵の中の光の方向が決められています。第二に量塊としての人体。衣の襞は装飾ではなく、その下にある身体の構造を示すために描かれます。第三に線遠近法。数学的に構成された空間に人物を配置することで、絵画は壁面の装飾から「向こう側の世界を見る窓」へ変わりました。細部の華やかさや金箔をほぼ捨て、地味な色調で構築性だけを追った潔さも、この画家の特徴です。

代表作

  • 「楽園追放」(1425年頃/ブランカッチ礼拝堂、フィレンツェ)——アダムとエヴァが顔を覆い、声を上げて泣きながら楽園を追われます。感情が肉体全体で表現された最初期の例であり、量感ある身体には一つの光源から落ちる影が伴います。
  • 「貢の銭」(1425年頃/ブランカッチ礼拝堂、フィレンツェ)——キリストの指示、ペテロの徴収、納税という三つの場面を一画面に描く異時同図法の傑作。空気遠近法による遠山の霞みまで、後の絵画の技法がほぼ出揃っています。
  • 「聖三位一体」(1427年頃/サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂、フィレンツェ)——厳密な線遠近法で描かれた格天井の礼拝堂が、壁の向こうに実在するかのように見えます。数学が生んだ幻影空間の最初の完成例です。
  • 「聖アンナと聖母子」(1424年頃/ウフィツィ美術館、フィレンツェ)——マゾリーノとの共作。同じ板の上で二つの様式が隣り合う、美術史の証拠物件のような一点です。

同時代の画家との関係

マサッチオが決定的な影響を受けたのは、画家ではなく建築家ブルネレスキ彫刻家ドナテッロでした。ブルネレスキが実験で示した線遠近法の理論と、ドナテッロの彫刻が持つ人体の存在感を、絵画に翻訳したのがマサッチオの仕事です。三人はフィレンツェで交友があったと伝えられます。先行者としてはジョットを強く意識しました。そして後続への影響が絶大で、フラ・アンジェリコ、フィリッポ・リッピ、ボッティチェリ、レオナルド、若きミケランジェロまでが、ブランカッチ礼拝堂で模写を重ねています。

日本で見られるか

マサッチオの作品は壁画が中心であり、板絵も欧米の主要館に分散しているため、日本の美術館に所蔵作品はありません。壁画は建物と一体であるため貸し出されることもなく、来日する可能性もほぼないと考えてよいでしょう。実物に会うにはフィレンツェへ行くしかありません。逆に言えば、フィレンツェを訪れる価値がそれだけ大きい画家です。

見どころ:実物の前で何を見るか

ブランカッチ礼拝堂に立ったら、まず影を探してください。マサッチオ以前の絵と見比べると、影の有無がそのまま時代の境目です。影が生まれた瞬間、絵画は「窓」になりました。次に足元。人物が床を踏んでいるか、浮いているか。彼の人物は明確に地面を踏んでいます。そしてマゾリーノの区画と見比べること。同じ礼拝堂の中に旧様式と新様式が並んでおり、何が変わったのかが一目でわかります。

まとめ

マサッチオは、ルネサンス絵画の文法をほぼ一人で書き上げた早世の天才です。フィレンツェに行くなら、ウフィツィと並んでブランカッチ礼拝堂をぜひ予定に入れてください。

代表作ギャラリー

楽園追放
楽園追放1425年頃ブランカッチ礼拝堂
貢の銭
貢の銭1425年頃ブランカッチ礼拝堂
聖三位一体
聖三位一体1427年頃サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂
Crucifixion
Crucifixion1426年カポディモンテ美術館
Saint Paul
Saint Paul1426年National Museum of San Matteo
キリストの降誕 (デスコ・ダ・パルト)
キリストの降誕 (デスコ・ダ・パルト)1500年Paintings of the Italian Renaissance - Room 39
St. Peter Healing the Sick with His Shadow
St. Peter Healing the Sick with His Shadow1425年サンタ・マリア・デル・カルミネ教会 (フィレンツェ)
聖母子
聖母子1426年ナショナル・ギャラリー

作品画像はパブリックドメイン(出典: Wikimedia Commons)