日本風の花瓶(ルドン):壺に描かれたのは能か歌舞伎の一場面
- 作者
- オディロン・ルドン
- 制作年
- 1908年
- 所蔵
- ポーラ美術館
- 所在地
- 神奈川県箱根町
ルドンが1908年に描いた《日本風の花瓶》。夢のような花束を受けとめる壺には、赤い袴の人物が描かれています。ポーラ美術館は「鬼と若武者」を題材にした能または歌舞伎の一場面と見ています。展示室5で展示中です。
オディロン・ルドンが1908年に描いた《日本風の花瓶》は、淡い桃色の空間に浮かぶような花束と、それを受けとめる大きな壺の絵です。壺の腹には、日本の芸能の一場面らしい人物が描き込まれています。神奈川県箱根町のポーラ美術館が所蔵し、展示室で見ることができます。
日本風の花瓶とは
オディロン・ルドン(1840〜1916年)は、前半生を白と黒の版画に費やし、1890年ごろから油彩やパステルであざやかな色彩の世界へ移っていった画家です。ポーラ美術館の解説によれば、ルドンは生後すぐ預けられた叔父の住むボルドー北西の村ペイルルバードで孤独な少年時代を過ごし、やがて版画家ロドルフ・ブレスダンと出会って、現実から生まれる夢想の世界を描くことを学びました。死や奇怪な幻想を主題とした白黒の版画で知られたあと、1900年以降は花瓶に生けた花を繰り返し描いています。本作は1908年の制作で、技法は油彩/カンヴァス、寸法は92.7×65.0センチ、作品番号は016-0033です。
画面のほとんどを占めるのは、放射状に広がる花と枝です。赤や橙の花、白い小花、丸い葉、薄い羽根のような花片。どれも実在の植物を正確に写したものではなく、輪郭は背景に溶けかけています。ポーラ美術館は、ルドンの描く花はどれも現実のものとはかけ離れており、彼にとって現実の花は華麗な色彩の幻想を生み出すきっかけに過ぎなかった、と解説しています。画面の右側には二匹の蝶が舞い、これも自由に浮かぶ花びらのように見えます。
そして下部の壺です。乳白色の胴に、髪を振り乱し、青い上衣と赤い袴をつけた人物が描かれています。ポーラ美術館によれば、この面の裏側には刀を構える若武者が描かれており、壺の図柄はおそらく「鬼と若武者」を題材にした日本の能、または歌舞伎の一場面であると考えられるとのことです。
どこで見られる?
- 所蔵先:ポーラ美術館
- 所在地:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原1285
- 展示状況・観覧料:公式サイトの作品ページに「展示中(会場:展示室5)」と表示されています。観覧料は大人2,200円、大学生・高校生1,700円、中学生以下は無料です。
展示状況や観覧料は所蔵館の公式サイトで確認してください。
見どころ3選
- 消えていく背景:桃色から黄土色へ移る背景は、壁とも空気ともつかない曖昧な空間です。花瓶が置かれたテーブルも、色の面によってわずかに存在が示されるだけだと美術館は説明しています。
- 壺の中の物語:花に目を奪われがちですが、壺の絵柄は独立したもうひとつの絵です。この壺は当時多く出回っていた器のひとつと推測されており、同時期のパステル画にも同じものが見受けられます。
- 二匹の蝶:右端の蝶は、花束から離れて空間へ抜け出していきます。花と背景の境目を溶かしていく、ルドンらしい仕掛けです。
この絵が日本にある理由
ポーラ美術館は、ポーラ創業家二代目の鈴木常司(1930〜2000年)が40年余りをかけて収集した作品をもとに、2002年9月、箱根に開館しました。建物は地上に出る高さを8メートルほどに抑え、大部分を地下に置く設計で、「箱根の自然と美術の共生」を掲げています。ポーラ美術館はルドンの油彩やパステルを複数所蔵しており、本作はその代表格です。
19世紀後半のフランスでは、日本の工芸品や浮世絵が大量に流通し、画家たちの制作に影響を与えました。いわゆるジャポニスムです。ルドンもその空気の中にいて、日本の芸能の一場面らしい図柄をまとった壺を、絵の主役の一部に選びました。日本趣味の器がフランスの画家の絵に描き込まれ、その絵が100年ののちに日本の美術館へやって来る。《日本風の花瓶》には、そんな往復の物語があります。
ポーラ美術館の公式サイトを見ると、ルドンの作品は本作のほかに《イカロス》《アポロンの二輪馬車》《ヴィーナスの誕生》《アネモネ》など複数が登録されています。神話を主題にした画面と、花だけを描いた画面が同じ収蔵庫に並んでいるわけで、ルドンという画家の幅をまとめて知ることのできる場所になっています。
まとめ
《日本風の花瓶》は、ルドン晩年の花の絵であり、同時に日本とフランスの行き来を映した一点でもあります。ポーラ美術館の展示室5で公開されています。花束の夢のような色を眺めたあと、ぜひ壺に描かれた人物にも目を向けてみてください。

