ボア・ダムールの水車小屋の水浴:タヒチへ行く前のゴーギャンが描いたブルターニュの森

ボア・ダムールの水車小屋の水浴:タヒチへ行く前のゴーギャンが描いたブルターニュの森

名画
作者
ポール・ゴーギャン
制作年
1886年
所蔵
ひろしま美術館
所在地
広島市中区

ゴーギャンが初めてブルターニュのポン=タヴェンに滞在した1886年の作品で、広島市のひろしま美術館が所蔵します。タヒチへ渡る前、まだ印象派の描法の面影を残していた時期の貴重な一点。二年後にナビ派が生まれる森が舞台です。

ポール・ゴーギャンの《ボア・ダムールの水車小屋の水浴》は、1886年に描かれた油彩画です。タヒチの鮮やかな絵で知られるゴーギャンですが、本作はその何年も前、フランス北西部ブルターニュ地方で描かれました。所蔵するのは広島市中区のひろしま美術館です。

《ボア・ダムールの水車小屋の水浴》とは

技法は油彩・カンヴァス、寸法は60.0×73.0センチです。ゴーギャンは1886年の夏、ブルターニュのポン=タヴェンに初めて滞在しました。当初の動機は生活費が安いことでしたが、この村には各国から画家が集まっており、若い画学生たちとの交流が思わぬ実りをもたらします。のちにベルナールやセリュジエらとともに「ポン=タヴェン派」と呼ばれる一群が生まれ、ゴーギャンはその中心人物と見なされるようになりました。

題名の「ボア・ダムール」は、直訳すれば「愛の森」。ポン=タヴェンを流れるアヴェン川沿いの林で、当時から画家たちが好んで描いた場所です。1886年のゴーギャンは、まだ輪郭線で色面を区切るクロワゾニスムの様式にはたどり着いていません。ここにあるのは、印象派の光の描き方を吸収しながら、独自の道を探しはじめた画家の姿です。

どこで見られる?

  • 所蔵先:ひろしま美術館
  • 所在地:広島市中区基町3-2(中央公園内)
  • 展示状況・観覧料:本館でフランス近代美術を中心に約80点を常設展示しており、ゴーギャンは第2展示室「新印象派と後期印象派」の展示に含まれます。観覧料は開催中の展覧会ごとに設定されており、常設展単独の入館料は設けられていません。開館時間は9時〜17時(入館は16時30分まで)、休館日は月曜日(祝日の場合は翌平日が休館、特別展会期中は開館)、年末年始、展示替期間などです。

展示状況や観覧料は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • 「タヒチ前」のゴーギャンに会える:ゴーギャンといえば南太平洋の褐色の肌と極彩色、という印象が強いはずです。ところが本作が描かれたのはその何年も前、ヨーロッパの湿った森のなかでした。同じ画家がどこから出発したのかを知ると、後年のタヒチ作品の見え方まで変わってきます。
  • 美術史の名場面が生まれた森:この絵の舞台であるボア・ダムールは、1888年10月、ポール・セリュジエがゴーギャンの助言を受けながら《タリスマン(護符)》を描いた場所でもあります。木が黄色に見えるなら黄色を置け、というゴーギャンの言葉から生まれたその小さな板絵はナビ派の出発点となり、現在はパリのオルセー美術館にあります。ひろしま美術館の一点は、その二年前の同じ森なのです。
  • 水と光の描き方:題名どおり、水車小屋のある川辺での水浴が主題です。まだ印象派の描法の余韻を残す筆づかいで、水面の反射や木漏れ日がとらえられています。のちのゴーギャンが平坦な色面へ向かっていくことを思うと、この揺れ動く光の表現は貴重な記録といえます。

この絵が日本にある理由

ひろしま美術館は1978年(昭和53年)11月3日に開館しました。設立したのは、この年に創業100周年を迎えた広島銀行です。地域とともに歩んだ歴史の記念事業として、市の中心部にある中央公園のなかに美術館を建てました。

特筆すべきは、この美術館が掲げるテーマです。「愛とやすらぎのために」。公式サイトには、そこに今日の広島の礎となった原爆犠牲者への鎮魂の祈りと平和への願いが込められている、と明記されています。フランス近代美術を中心とするコレクションは、ロマン派から印象派、そしてエコール・ド・パリまで、ヨーロッパ近代美術150年の流れを一望できるように集められました。ゴーギャンの本作も、その大きな見取り図のなかで、ゴッホやセザンヌとともに20世紀美術への橋渡しを担う一点として位置づけられています。被爆の記憶をもつ街が、平和への願いを込めて西洋美術の名品を集めた。この絵が広島にあることには、そうした背景があるのです。

まとめ

《ボア・ダムールの水車小屋の水浴》は、ゴーギャンがまだ自分の様式を探していた1886年、ブルターニュの森で描いた一枚です。二年後に同じ森でナビ派が産声をあげたことを思えば、ここは近代絵画の転換点そのものといえます。「愛とやすらぎのために」を掲げる広島の美術館で、南の島へ旅立つ前のゴーギャンに会ってみてください。