雨、蒸気、速度—グレート・ウェスタン鉄道:光に溶ける蒸気機関車

雨、蒸気、速度—グレート・ウェスタン鉄道:光に溶ける蒸気機関車

名画
作者
J.M.W.ターナー
制作年
1844年
所蔵
ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
所在地
イギリス・ロンドン

ターナーが1844年に発表した油彩画。雨のメイデンヘッド高架橋をこちらへ突進する蒸気機関車を、光と水蒸気に溶かすように描きました。ロンドン・ナショナル・ギャラリー40室で《戦艦テメレール号》とともに無料で鑑賞できます。線路上の野うさぎの謎も紹介します。

《雨、蒸気、速度—グレート・ウェスタン鉄道》は、J.M.W.ターナーが1844年に発表した油彩画です。雨の中、橋の上をこちらへ突進してくる蒸気機関車が、光と水蒸気に溶けるように描かれています。ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵し、入館無料で見ることができます。

《雨、蒸気、速度—グレート・ウェスタン鉄道》とは

原題は「Rain, Steam, and Speed - The Great Western Railway」。技法は油彩・カンヴァスで、寸法は91×121.8センチ、所蔵番号はNG538です。1856年のターナー遺贈によってナショナル・ギャラリーに収められました。

描かれているのは、テムズ川をまたぐメイデンヘッド高架橋。イザムバード・キングダム・ブルネルが設計し、1838年に完成、1839年7月から使用が始まった当時最新の鉄道橋です。視点はロンドン方向に向いており、列車はイングランド西部へ向かって走っています。左手に見えるアーチ橋は、1770年代に建てられたテイラーの道路橋です。ナショナル・ギャラリーの解説によれば、機関車は「ファイアフライ」級で、屋根のない貨車を連ねています。この貨車は最も安い運賃の乗客が乗る車両でもありました。

本作は1844年の王立美術アカデミー展に出品されました。ターナーは晩年に向かうにつれ、輪郭を明確に描くよりも、光と大気そのものを画面に定着させる方向へ進みます。この絵でも、橋の石積みや機関車の車体はところどころしか形をとどめておらず、雨と蒸気と煙が混ざった空気の層のなかから、黒い機関車の前面だけが強い実体感をもって現れます。

どこで見られる?

  • 所蔵先:ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
  • 都市:イギリス・ロンドン(トラファルガー広場)
  • 展示室:40室(Room 40)。同じ室には《戦艦テメレール号》も展示されています
  • 予約の要否:常設展示の入館は無料。無料チケットの事前予約もできますが、当日そのまま入館することもできます

開館時間や入館料は所蔵館の公式サイトで確認してください。

見どころ3選

  • 消えかけた野うさぎ:ターナーは線路上に一匹の野うさぎを軽く描き入れ、機械の速さと自然の速さを対比させました。絵具が経年で透明になったため現在はほとんど見えませんが、1859年の版画には確認できるとナショナル・ギャラリーは説明しています。
  • 誇張された遠近:高架橋は極端に短縮されて奥へ突き刺さり、視線が一気に地平へ吸い込まれます。ターナーは王立美術アカデミーで遠近法の教授を務めた人物であり、その知識が速度の表現へ転用されています。
  • 橋の上の一本線:実際には複線である橋上の線路が、細い一本の線に整理されています。細部を省くことで、雨と蒸気の中から機関車だけが浮かび上がる効果が高まっています。

描かれた背景

1840年代のイギリスは「鉄道狂時代」と呼ばれる建設ブームの只中にありました。ナショナル・ギャラリーによれば、1844年時点でグレート・ウェスタン鉄道はすでに160キロメートル以上の路線を敷設しており、ターナー自身もその数年前からこの路線を利用できる状況にあったといいます。当時の同鉄道の平均速度は時速約33マイル(約53キロ)、メイデンヘッド高架橋のような平坦区間では時速60マイル(約97キロ)に達したとされ、これは疾駆する馬より速い、前例のない速度でした。

ターナーは同時代の生活や産業・技術に強い関心を寄せ、新しい交通機関にもみずから乗っています。そのためこの絵は近代文明への拒絶ではなく、機関車も橋も絵画の主題たりうるという肯定として理解されています。同時に、題名が「雨・蒸気・速度」という三つの力を並べていることから、鉄道の風景画というより自然の諸力の寓意として構想された、という読み方も示されています。

ターナー本人がこの区間に乗ったかどうかは確かめられていません。ただしナショナル・ギャラリーは、批評家ジョン・ラスキンに伝えられた逸話を紹介しています。1843年6月の嵐の夜、この路線でロンドンへ向かっていた18歳の女性が、「驚くべき目をした」同乗者が10分近く窓から身を乗り出していたのを見た。のちにアカデミー展で本作を見た彼女は、あれはターナーに違いないと語ったというのです。真偽は分かりませんが、この絵が「体験された速度」を伝えるものとして受け止められてきたことを示す挿話です。

まとめ

《雨、蒸気、速度—グレート・ウェスタン鉄道》は、産業革命の只中の速度感を、輪郭を溶かす筆づかいで定着させた一枚です。ロンドンのナショナル・ギャラリー40室では、《戦艦テメレール号》と並べて、ターナーが新旧の時代をどう描いたかを続けて味わえます。入館無料なので、短い滞在時間でも立ち寄りやすいのが嬉しいところです。